「げ。マジ?……美輪を巡って、弟子同士が対立とか、嫌やなあ。」

薫の反応に、あけりはこっそり……ホッとした。


とりあえず、その恋愛模様に、薫自身は含まれてないようだ。

安心したあけりは、敢えて薫に言った。

「ほんと。嫌ね。……見たところ、美輪ちゃんは薫さんのことが好きみたい。美輪ちゃん、かわいいし、綺麗だから……ほだされないでね?」


薫は、くっと笑った。

「……アホやな。俺は、あけりしかいらんよ。」


あけりは、ニッコリほほ笑んで薫にしがみついた。

「……うん。アホみたい。私。ごめんなさい。……すぐ不安になるから……その都度、安心させてね。」

薫の手が優しくあけりの背中を撫でた。




事件が起こったのは、数日後。

競走と公務で1週間ほど顔を見せなかった泉がやって来た。

「あけりー。勝斗(まさと)-。土産、買うてきたでー。」

玄関チャイムを鳴らすこともなく、飄々とそう言いながらやって来た泉を、あけりは満面の笑みで迎えた。

「しょーりさん、おかえりなさい。いつもありがとうございます。勝斗、喜びます。」

「当たり前や。喜ばせよう思て買ってきてんねん。……あけりも。これ、好きやろ?」

まるで別人のように、あけりにも勝斗にも、しょーりは親切になっていた。

「しょー!」

まだ満足に話せない勝斗は、泉を「しょー」と呼んで懐いていた。

父親の薫が「師匠」、母親のあけりが「しょーりさん」と呼ぶので、何となく「しょー」と覚えてしまったらしい。

泉はこの新しいニックネームを嫌がることもなく、むしろ目尻を下げて勝斗を抱き上げた。


「勝斗。元気やったけ。おもちゃ買うてきたったで。」

キャッキャと喜ぶ勝斗に、ますますデレる泉はまるで……


「おじいちゃんみたい。」

冷ややかな声が、突如聞こえてきた。


……いや、確かに、孫のように勝斗を可愛がってくれているけど……それって、すごくうれしくて、ありがたくて、ほほえましいことなんだけど……

温度差に驚いて、声の主を見た。


声以上に冷たい目で泉を見ていたのは、薫の新しい弟子の美輪だった。

あけりは慌てて、美輪を泉に紹介した。

「しょーりさん。彼女、このたび、薫さんの弟子になりました、山田美輪ちゃんです。しょーりさんの……孫弟子?……に、当たるのかしら、よろしくお願いします。」

けれど、泉は返事しなかった。