大好きな泉の名前をもらえるなら、こんなにうれしいことはない。


「あ。よかった。『勝斗』(まさと)でどう?『と』は『一斗、二斗』の『斗』で『闘う』の略字の『斗』やねんけど。」

薫の説明に、あけりはつぶやいた。

「まさと……勝斗……。」

そして、うなずいて、目を閉じた。

ひどく眠かった。



「……あけり……また寝ちゃった……。」

「赤ん坊と一緒やろ。身体が睡眠を必要としてるんや。……腹、切ってんろ?……かわいそうやけど、痛み止めが切れたら起きるわ。」

薫の声と泉の声が、聞こえてくる。

身体はだるおもくて、しんどいはずなのに、2人の声を聞いているととても幸せだった。




泉の言っていた通り、あけりは痛み止めが切れる度に目覚めた。

黄色い液体や、緑色の液体を吐くこともあった。

泥のように眠って眠って眠って……4日めにようやく、あけりは上半身を起こせるようになった。


初めて、切られた腹部を確認した。

下腹部を横一文字にと、おへその左横から脇にかけて10cmぐらいとに、ずらりとホッチキスがとまっていた。

痛みはもうあまりなかったけれど……傷のそばの皮膚炎は麻痺したように鈍く感じた。



「赤ちゃんに会いたいんですけど。連れて行ってもらっていいですか?」

主治医にそう訴えたら、

「自分で歩いて行ってください。尿の管、抜きますから、トイレにも行ってください。」

と、言われて驚いた。


……上半身を起こすだけで一苦労なのに、もう歩くの?


さすがに筋力が落ちてふらふらなので、歩行器を借りた。

歩行器に点滴を挿し、酸素ボンベを釣るし、よろけそうな身体を支えて、1歩1歩進んだ。


NICU(新生児集中治療室)には大きめの窓がついていた。

付き添ってくれた母のあいりの指さした保育器に、ひときわ小さな赤ちゃんが眠っていた。

「勝斗(まさと)くん……。」

声に出して呼びかけたら、涙があふれてきた。


生きてる……。

私達、ちゃんと、こうして、生きてる……。

それがどんなに大変なことか、決して当たり前じゃないことを、あけりは痛感していた。



「ママ……。」

あけりは、歩行器につかまっていた手を、そっとあいりに伸ばした。

戸惑うあいりに、あけりは言った。