3日めの準決勝も、地元の機関車役で、泉とは別のレースだ。

現地には聡たち一家も詰めているらしく、聡からは画像や動画がひっきりなしに届いた。


薫のインタビュー動画を眺めて幸せに浸っていたその時、突然激しい痛みが身体を貫いた。

あまりにも急激過ぎて……あけりは、呼吸もままならず、ぱくぱくと口を動かし……ナースコールのボタンに手を伸ばすこともできず……半ば意識を失うようにベッドに倒れた。



赤ちゃん……私の赤ちゃん……


痛みで気絶したあけりの耳に、けたたましい警告音が届いた。

自分の身体に起こった変化を、何らかの機械が察知したらしい。

薄れゆく意識のなか、あけりは駆け付けた看護師が、急激な血圧の低下に気づき、主治医を呼んでいる声を聞いた。


……助けて……

私は、いいから……

お願い……

赤ちゃんを……助けて……



何度も何度もそう言っているつもりなのだが、声にならない。


あけりは力を振り絞って、言葉にした。

「赤ちゃん優先。」

それだけ言って、あけりは力尽きた。



呼吸もままならないのに、妙にハッキリとそう言ったあけりの執念をくみ取って、医師はあけりの両親と相談して処置を進めた。


すぐに手術となった。

あけりの腎臓を取り巻いた大きな腫瘍が、大量に出血してショック状態に陥ったらしい。

母子ともに危険な状態だった。

帝王切開で子供を取り出した後、あけりの左の腎臓は腫瘍と共に摘出された。


まだ8ヶ月の未熟児は、すぐに保育器に入れられた。

生きてはいるものの、呼吸も弱々しく……意識のないあけりはもちろんのこと、廊下で待機していた両親も、赤ちゃんの泣き声を聞くことがないままの出生だった。

あけりのほうは、輸血でショック状態から回復した。


かろうじて、母子ともに、生きながらえたと言えるだろう。



準決勝を1着で勝ち上がった薫は、父親からの電話で、あけりの状況と我が子の出生を知った。

涙が止まらず……子供の様に声をあげて泣いた。

師匠の泉もまた、事情を聞いて、涙ぐんで喜んでくれた。


薫はともかく泉の涙が珍しかったらしく、翌日のスポーツ新聞に写真入りで2人の泣き顔が掲載された。

……地元勢を差し置いて、薫は優勝せざるを得ない状況に追い込まれた。