薫の両親は、泣いて喜んだ。

あけりとの結婚を認めた時に、孫のことは、一旦は本気で諦めた。

それがこうして、自分の命を削ってまで出産に臨む嫁が、いじらしく、かわいく……舅はあけりの両手をぎゅっと握り、姑はあけりを抱きしめた。


男でも女でも、無事に生まれてくれればそれでいい……。

あけりはそう思っていたけれど、旧家で男の子が尊(たっと)ばれるのは、今なお続く慣習なのかもしれない。





性別がわかってしばらくたった夜、突然、あけりは後腹部の激痛に目覚めた。

我慢しきれない痛みに、あけりはナースコールを押した。

すぐに看護師と当直医が駆け付けた。

痛みは、下腹部ではない。

直接、胎児に関与する部位ではないことにホッとしたけれど……この痛みは、消える気配がない。

痛み止めを服用してもおさまらないまま、朝を迎えた。



競走中の薫には知らせなかった。

あけりの両親が、少し遅れて薫の両親も駆け付けた。

継父が同意書にサインし、主治医からの説明を受けて、あけりはCT撮影を受けた。

左の腎臓をぐるりと取り囲むほどに大きく腫瘍が成長し、炎症を起こしていた。


妊娠がわかって以来服用をストップしていた新薬は、腎腫瘍にも効果があると聞いていた。

その意味がよくわかっていなかったが……服用を止めたためにこんなふうに腎血管筋脂肪腫の肥大化を抑制できなかったのだろうか。


本来ならすぐに腫瘍を取り除くべきだ。

しかし、腎臓から切り離すことは困難を極める……というより不可能に近い状況。

腎臓は2つあるので1つ摘出してしまっても、すぐに困ることはない。

とは言え、妊娠中の腎臓はただでさえ酷使されている。

できれば腎臓を温存したほうがいい。



いろいろ考えて、あけりは痛み止めと抗炎症薬で誤魔化し続けることを選んだ。

出産後に再び新薬を服用すれば、もしかしたら腫瘍が小さくなってくれるかもしれない。

……ダメなら、その時改めて、腎臓とともに腫瘍を摘出する。


そう決めたのだが……この判断は裏目に出てしまったようだ。





その日はちょうど、京都向日町競輪場でのG3レースの3日めだった。

薫はもう1年以上、京都のバンクで練習している。

言わば準地元のような気持ちで臨んでいる。

師匠の泉も斡旋されていたが、薫は初日から京都の重鎮を引っ張るための番組を組まれていた。