「……すごいな。」

薫のつぶやきに、あけりはうなずいた。

「ええ。綺麗だけど、それだけじゃないんですよね。樹齢180年だそうです。神社は神域だから禍々しいものは感じませんが……単に幻想的で美しいというだけではありませんよね。……この樹。」


桜を仰ぎ見るあけりは、神々しいほどに美しかった。

白い桜の花びらが、あけりの青白い肌をさらに、透き通るように白く見せている。

桜の精……桜の化身……。

ゆらゆらと春風に揺れる細い枝も、ひらりひらりと舞い散る花びらも、美しいが儚(はかな)い。

そんなところが、あけりと重なるのだろうか。



「聡に聞いたけど……昔、告ったら、好きな人がいるって言われたって。……今も?」

薫はそう尋ねた。


あけりは舌打ちしたくなった。

……男のくせに、余計なこと漏らして……おしゃべり牛蒡め。

次に会ったら絶対、ひとこと言ってやる。


ムスッとして黙ってるあけりに、薫は苦笑した。

「えー、でも、それってただの憧れじゃないの?……だいぶ年上の既婚者なんやろ?学校の先生か、塾の先生だったの?」


憮然としたままあけりは口を開いた。

「違います。……てゆーか、聡くんも水島さんも、口、軽いんですね。」



怒ってる……。


なぜか薫の心が弾んだ。

元カノやにほを怒らせたなら、慌てて謝ってご機嫌を取るか、あるいはめんどくせーと敢えて無視してきた。

でも、今の薫はそのどちらでもない。

ぷんぷんと怒っているあけりが、ただ、かわいい。

小動物ががぶがぶと指に噛みついたり、毛を逆立てて威嚇しているようなものだ。

あまつさえ、薫はもっとからかいたいとまで思っている。

さすがにやりすぎて嫌われては元も子もないので、薫はコホンと咳をして、ニヤけるのを誤魔化した。



しばらくすると、あけりの激昂もおさまってきた。

続いて到来した反省と恥じらいでうつむいたあけりに、薫はおもむろに謝った。

「ごめんな。許してくれるとうれしい。……あけりちゃんの言う通り他言すべきことちゃうなあ。もう、これから、あけりちゃんが俺に話してくれることは、絶対に誰にも言わへんから。約束する。信じてくれる?」


実にいいタイミングだった。

あけりは、ホッとしたように顔を上げて、うなずいた。