薫は気を取り直して、あけりの為に助手席の戸を開けた。

「ま、とりあえず、乗って。」


あけりは、裾が乱れないように気遣いながら助手席に座った。


「さて、と。どこか、行きたいとこ、ある?」

走り始めてから、薫はあけりにそう尋ねた。

てっきり目的地に向かって走っていると思っていたあけりは、不思議そうに薫を見た。

「……決めてから出発するんじゃないんですね。」

「や。家の前にいつまでも駐まってたら、近所のヒトの目に付くかな、と思って。……とりあえず……鴨川沿い北上しよっか。」

意外な気遣いを見せた薫に、あけりは、さらに不思議な気がしていた。


下心がない、とは思えない。

でも、単に興味本位で適当に遊んで、あっさり捨てる……そういうヒトではないのかもしれない。

少なくとも、自分を尊重しようとする姿勢を感じたあけりは、次第に心の武装を解き始めた。


「今日は、聡くんは誘わないんですか?」

多少からかうつもりで、あけりはそう尋ねた。

薫がどんな返事をするのか興味があった。

すると薫は、前方を見たまま、事も無げに言った。

「今日は部活。朝から山中越えしてビワイチやて。」

「ビワイチ……琵琶湖一周?自転車で?……楽しそう。」

なるほど。

聡の学校のサイクリング部は、あくまで楽しくサイクリングを楽しむクラブなのだということがよくわかった。

本当に乗り込むために乗るなら、山中越えから平地に降りるのではなく、さらに山を走行すべきだろう。

あけりの含みを持たせた「楽しそう」に、薫が苦笑して同調した。

「ほんまになあ。……まあ、進学校やからな。勉強の余暇の気分転換と、体力作りとしか考えてへんのやろ。」

「……そうでしたね。進学校でしたね。……聡くん……大学受験しないのかしら?」

せっかく頭いいのに、ちょっともったいない気がする……。


あけりだけでなく、薫も同じように思っていた。

「俺は受験を勧めてる。競輪学校は大学に入学してからでも、卒業してからでも間に合うし。……真面目な奴だから、二足のわらじは履くつもりないみたいやけど。……もったいないよなあ。」

薫はそう言ってから、ちらっとあけりを見て尋ねた。

「あけりちゃんは?大学、どうするの?受験するの?」