にやにやと口元が緩んだまま、あたしは金井の顔をのぞきこむ。




「これからは章って呼ぼうかな〜」



だってこんな反応を見られるなら楽しいもんね。

でもまぁ金井はいやがるだろうし、本気じゃない。

ただの冗談だ。



「なーんて、」

「……好きにしろよ」



これ以上言って怒らせないように、言葉を撤回しようとした瞬間、予想もしなかった言葉が重ねられる。

頭の中で繰り返して、なんとか意味を呑みこんだ。



「……え?」



好きにしろって……うそ。

絶対キレるんだろうと思っていたのにあまりにもあっけなく了承を得てしまった。



あたしが驚きすぎてからかうことをやめたおかげで落ち着いたのか、金井はすっかりいつもどおりだ。

すました表情をまじまじと見つめる。

あたしの掌から赤ペンが転がり落ちた。



「……章?」

「なんだよ」

「なんにもないです……」



顔を正面に戻し、わずかにうつむいた。



く、くそう……さっきまであたしが優勢だったはずなのに。

それがどうしてか金井の……章の言葉にたじたじになってしまった。



しかも今回はそんな照れる必要なんてないはずなのに!

たいしたことないと思っていたのに、からかう分には平気だったけど普通に名前を呼ぶことは、悔しいけど恥ずかしくて仕方がなかった。

恋愛偏差値が低いって、これだからいやなんだ。



さっきの章よりも今のあたしの方がずっと、頬の色が濃いんだろうなぁ。

どうか章だけは、気づかないで。



なんて、そう思った。