『けんかするのはいい。
ものに当たってしまうのも、まぁ少しくらいなら仕方がない』
せっかく彼女に字を習っていたのに、すっかり乱れたものが普通になってしまったそれを薫先輩は指先でなぞる。
手の加えられていない、だけど美しい爪がすべっていく。
『だけど、字は美しくありなさい』
『……』
『口下手な章の武器になるように。
想いを伝える時、真摯な言葉が伝わるように。字はあなたの本質を映し出すから』
そして、しばらくして無事に戸川と仲直りをすることができた金井は心を入れ替え、字を丁寧に書くようになったんだと。
薫先輩がくれたものを、なくさないように。
「だから薫への告白は、直接言えないなら手紙にしようと思った」
あたし、金井はどうしてラブレターなんて発想に至ったんだろうってちょっと思っていたんだ。
でも今の話でなるほどね、と納得した。
金井のいいところを作ったのは、薫先輩だ。
彼女だけがすべての理由じゃないし、もともと彼の中にあったんだろう。
だけど、確かに薫先輩の存在が金井にいい影響を与えたんだよね。
とても、すごいと思った。
彼女の言葉ひとつで、彼の生き方は変わったんだもん。
「……薫先輩って、素敵な人だよね」
そう言えば、金井はうつむくようにして頷く。
こくりとしたその動きは、まるで幼い子どもみたい。
「……ああ」
肯定のその呟きが、彼のあたたかく柔らかな恋心を示していた。
あたしはそれがなんだか愛しいなぁと思った。