「なんで薫がいるんだよ。
お前、塾はどうした?」
金井が声をかけたことをきっかけに、薫先輩は廊下から教室へとすべりこむ。
そして首をわずかに傾けて、不思議そうな仕草。
「今日は授業ないわよ」
「は?」
「その『は?』って言うのやめなさいって」
「保護者きどりうぜぇ」
「もう……推薦で受験も終わったことだし、授業数減らしたの。
それで生徒会の仕事を手伝っていたから少し遅くなっちゃって」
金井の口だけは動くらしい。
さっきより少し金井は身体を起こした。
背すじが伸びて、どきどきが伝わってきそう。
照れていることを誤魔化すように、目の前でぽんぽんと交わされる言葉のキャッチボール。
自然に会話をしているところを見て、本当にふたりは幼馴染なんだなぁとしみじみ思う。
別に金井の言葉を疑っていたわけじゃないんだけどね。
こんなに近くで見かけたことなどなかった薫先輩が、今、いつもあたしが過ごしている2年2組の教室にいるなんて。
高くも低くもない、彼女の凛とした声色になにからなにまで素敵な人だなぁとあたしはぼーっとしてしまう。
すると薫先輩は金井から視線をすっとずらして、あたしと目をあわせる。
笑顔じゃないとこわいくらい綺麗な人が微笑むと、どうしてこんなにも柔らかな雰囲気になるんだろう。
あたしにそっと笑いかけた彼女にどきどきする。