「俺……」
章がたどたどしく言葉をこぼすけど、無理だ。
ゆっくりとなんて聞いていられない。
扉にかけた手に力がこもる。
じりじりと後ずさり、その場を逃げ出した。
背中から、名前を呼ぶ詩乃と章の声が聞こえていた。
周りの驚いた声、瞳。
「彩ーなにしてんのー?」と向けられる能天気な言葉も振り切るようにして、そのまま走り続ける。
唇を噛み締めて、痛みと息苦しさを感じても、足を止めるつもりにはなれない。
リュックの中では筆記具とファイルががしゃがしゃと音を立てる。
部室に行くつもりだった予定は変更して、階段を駆け下りて下足室で靴を履き替えた。
ローファーに足をねじこみ、そのまま校門を抜け出す。
絡め取るように首に巻きついたマフラーが息苦しい。
だから、だからだ。
目の前がわずかにかすんでしまうのは、息ができないから。
アスファルトの上をひとりで駆けて行く。
まるで逃げているように。
……ああ、それは、なにからだろうね。
受け入れがたい現実、叶わない恋、酸素の薄い彼のそば。
どれもきっと、同じじゃないか。