予行練習を終えてしまえば、授業がない今日はこのあとなんの用もない。
教室に戻る前に通った3年生の教室がある2階にはほとんどの人が残っていて、明日の別れをすでに惜しんでいるようだった。
とはいえあたしたちにはまだ先のこと。
月曜日だし部活でも行こうか、と準備を終えて詩乃と肩を並べた。
「日生」
名前を呼ばれる。
その声は低くて、だけど優しい声の主は、
「章……」
あたしの恋しくて仕方がない人だ。
彼から話しかけてくるなんて、そんなの内容はわかりきっている。
薫先輩のことだろう。
告白の報告だろうか、と考えたところで、彼が見知らぬ封筒を手にしていることに気づく。
これぞラブレターといった真っ白い封筒を大事に抱えている姿にすっと指先まで冷えていく。
頭をがつんと殴られたみたい、情けなくぐらぐらと揺れた。
章が手紙を、ラブレターを用意する相手は薫先輩だけだ。
それなのにあたしとふたりで買いに行った封筒じゃない。
丁寧に書き上げたラブレターじゃない。
「どうして……」
あたしの恋は叶わないものだった。
だけどそれでも、章のためになったなら、薫先輩に伝える際の支えになれたなら。
そう思っていたのに。
あたしの残したものはなにもない。
彼の中にあたしはいない。
そのことが信じられないほど悲しくて、苦しかった。