子どもの時から好きだった幼馴染の薫が地元の中学を卒業して、入学したのは校則が厳しく真面目な北冠高校。
当時の俺の頭じゃ到底受かるわけもないそこを志望校に決めたのは、もちろん彼女を追いかけるため。
もうひとりの幼馴染である和葉と必死こいて勉強して、入学したあの日。
透明な澄んだ空気が桜の木をざわりざわりと揺らしていた。
周りと俺たちの雰囲気の違いに、わずかに場違いだと後悔したことは、誰にも言えねぇなと思う。
そしてはじまった高校生活は、一言で言って最低だった。
俺に対して向けられる好奇、恐怖、それらのとけて混じる視線。
薫に変な噂が広まったら大変だと距離を取っているせいで関わりは少なく、なんのためにここに入学したのかちっともわかんねぇ。
ひっそりと楽しんでいる趣味の読書と、和葉に連れ回される日々を過ごしていた、11月末の放課後のこと。
和葉と帰ろうとしていた俺は、ふいに聞こえた会話に足をとめた。
「彩の部活でのペンネームってなんなの?」
「んー? ひいなだよ」
1組の自分の教室から階段へ向かう途中の3組で行われていたやり取りの中、〝ひいな〟という名が聞こえてきたからだ。
それは、俺がいつも読んでいる文芸部の部誌に参加している作者のペンネーム。
1番面白いと俺が勝手に思っていた作者だったことから、不思議そうにしている和葉を無視して教室をちらりとのぞく。