「あたし、あたしね……」
息を吸う。
のどの奥で空気がひゅうと音をたてる。
その時、章から顔を背けているはずなのに、頭に彼の表情が浮かんだ。
上野先生が薫先輩のことをけなした日。
薫先輩を見つけた瞬間の章の、あの子どものように顔を歪めた表情。
『薫のことは悪く言うんじゃねぇよ』
『……頼むから、放っておいてくれ』
『あんなことが目の前であって、訊くことがないなんて、冷めてるな』
まっすぐで、必死で、不器用で。
傷つける言葉で遠ざけようとしていながら、そんな言葉を口にした自分を嫌悪して。
ねぇ、君はとても優しいね。
『────なにがあっても俺を、否定しなかったから』
あたし、そんなふうにぼろぼろになりながらも薫先輩を想い、求めている君を、大切にしたいよ。
自分の感情なんかより、ずっとずっと守りたいよ。
「日生?」
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
ぶっきらぼうに、だけど気遣ってくれている章には幸せになって欲しい。
だから、だからね。
「……ううん、なんでもない」
あたしの恋心なんて、死んじゃえばいいよ。