勝手に原稿を取り読みはじめるようなマナー違反はしない章に、そっとそれを差し出す。
震える指先がかすかに彼のものに触れた。
原稿を離し、手持ち無沙汰なあたしはぐっと手を組んで、太ももの上に落とした。
机の上の模様を見つめながら、ときたま章の方に視線をやる。
ふっとわずかに吐息をもらして笑って、眉間にしわを寄せていたり。
こんなに表情豊かな章を見たことがあったかなぁ。
うう、もう、目の前で読む人がいるって変な感じ。
恥ずかしい。
そわそわする。
普段は部誌越し、画面越しの関係でしか存在しない、あたしの小説を読んでくれる人。
それがこんな近くにいることは、どうしたって慣れそうにない。
う〜と落ち着きのないあたしと、集中してなにも言わない章。
そうやっていくばくかの時間が流れた。
そうしてようやく、章が息を深く吐き出し、彼が読み終わったことを知る。
彼の意識が現実へと戻ってくる。
「お疲れさまです……」
「お疲れさまって、なんだそれ」
「いやぁ、うん……」
気まずいんだよ!
こちとら気疲れしてるの!
察してください頼むから!
どきどきするって、どうにも疲れる。
あたしの体力がないとか、そんなんじゃなくて、ただただ心を今までにない方向に振り動かされているから。
いい意味で、忙しい。