〝薫〟先輩じゃなくて、あたしの〝香り〟を。

好きだって、……好きだって章が言う。



それは大した意味なんてない、彼はなんの意識もしていない言葉。

価値なんてない、そんなこと知っているのに。



「っ、」



ああ、だけど。

こんなにもまぶたの奥が、心の1番内側が、熱くて溶けてしまいそうだ。



恋をするって、なんて大変なんだろう。

はじめて隠さなきゃいけない感情があたしの胸に生まれ、そしてとてもじゃないけど制御できない。



上がる体温、回らない頭。

恋煩いとはよく言ったものだ。

まるで風邪みたい、なのにこの病は治りそうにない。



うるさい心臓はまるであたしのものじゃなくて、別の生きものみたい。

恋をするときっと、人はみんな胸に新しい自分を抱えるんだね。

今までの自分と、好きな人のことだけを糧に生きる感情のふたつが〝あたし〟の中で共存する。



だからどんなに頑張っても、抑えることができないけど。

だけどどきどきなんて、しちゃだめだ。

……章のそばにいたいなら。



「……なんだよ」

「ううん、なんでもない」



歪みそうになる頰をゆっくりと吊り上げて、あたしはばかみたいに笑った。