「ごめんね、一条くんまで付き合わせちゃって」
「別に、相原が気にすることないよ」
聞こえてきた声、呼びあう名前。
驚いてびくりと肩を揺らしつつも、同時にどうしてこんなところに訪れたのか納得する。
文芸部の後輩のふみと一条……ふたりは文芸部員の中でも数少ない、別館の図書室を利用する人間だ。
原稿が終わったばかりのはずのこの時期に来るとは思っていなかったけど、ふたりが現れることは予想できた。
なのにすっかりその可能性を見落としていた。
「次の原稿に花言葉の本がいるんだよな?」
「うん。園芸部の話を書こうと思って」
なるほど、もう次のことを考えているんだね!
あたしの原稿が遅れているせいで今回の部誌の作業はとまっているしね!
申し訳ない、と思いながらうつむくと、その拍子に章の黒いパーカーにあたしの髪が触れた。
するりとまるで撫でられるようではっと彼の方を向く。
……待って、いつの間にこんなに近づいていたの。
かーっと頰が熱を持ち、もうふみたちのことなんて気にしていられない。
綺麗な耳の形、頰のライン、上向きのまつげ。
今までになかった距離で見つめることにどきどきして、離れなくちゃいけないのに動くことができない。