「原稿が遅れた理由。
なにかあるんでしょう?」
さも当然のように小首を傾げ、視線を送ってくる彼女の姿が視界の端に映り、息をつめる。
原稿用紙を眺めたままなのに、吐息に〝どうして〟という想いが乗っていたのか、問いかけるより先に答えが返ってくる。
「原稿はちゃんとする、っていう約束どおり、前回はきちんと提出していたもの。
それに、なんだか最近の彩はおかしいから」
「おかしいってそんな、失礼な……」
軽く笑って、誤魔化そうと思った。
そのままさっきの続きを書こうって。
だけど騒ぐでもない、静かな胸の奥で反響するような声にあたしはそっと顔を上げる。
「あたしさ、章のことを好きになっちゃったんだ」
手の内のシャーペンをくるりと1度回した。
自分の気持ちに気づいてしまうと、そのあとはもうあっという間だった。
声の高さも、心の持ちようも、鼓動のリズムも、かんたんに変わった。
あたしが作り変えられる。
あたしがもう1度生まれる。
それはつい最近まで知らなかったはずなのに、本能でわかった。
誰かに心をかき混ぜられるようで、制御できないこの感情。
これは、はじめての、恋だ。
その〝恋〟という言葉ひとつで心臓がとくんと跳ねる。
指先まで熱が広がる。