私は
彼の言葉を無視し
ドアに向かった

「一千万だ」

ドアを開けようと
したときに
南 勇次郎がつぶやいた

「三千万で
 私のもつ資料は
 紙くずとなり
 貴方の会社の内部事情は
 記憶から抹消されます
 私はこれが終われば
 東南アジアへ永住する気でいます
 日本に戻ってくることは
 もうないでしょう」

もちろん嘘だ
南 勇次郎を安心されるための
ハッタリである

私は
彼をみた

「……わかった
 その条件をのもう
 だが一週間待ってくれ」

南 勇次郎の
目は屈服のそれではなかった
なにかを企んでる
そういう眼光を宿していた

一週間もの猶予を
与えてしまうと
私がリスクを
背負うことになる
この場合
リスクは死を意味する

「いますぐ
 現金を用意願います」

「三千万もの
 現金など手元にはないっ」

「この邸宅の地下にある
 重厚な金庫は
 飾りですか?
 網膜で照合するシステムらしいですね」

ここで
初めて
南 勇次郎が狼狽した

「南議員のことは
 すべて調べあげています
 クラブ『シスル』に在籍する
 源氏名 美咲 あいかこと
 松岡 貴子さんのことも……」

私は
畳み掛けるように
彼の愛人の名前を
口にした

南 勇次郎の
額から大量の汗が吹き出た
もはや瞳は憔悴している

沈黙の中

室内に
主のように置かれた
高級感漂う
大きな古時計の
振り子が刻む
秒針の音だけが
コチコチと響いていた