「ねぇ、アキは、ここに来たことがあるの?」


私は、いつもより少し大きめの声でたずねた。

お店の人と親しげに話している彼を見ていたら、まるで常連さんのようだったもの。


「あぁ、昔家族でよく来たんだ。俺はまだ小学生くらいだったけど、ここの店主は覚えててくれたみたいだ。親父と仲が良かった人なんだ」

「そうなんだ。すっごく楽しい所だね」

「え?ごめん、聞こえなかった」

「ううん、いいよ、大丈夫」


私と話してたはずが、いつの間にやら割り込んできた隣のおじさんによって、会話は遮られてしまった。

酔っ払いの気のいいおじさんは、なにやらご機嫌にアキに話し掛けている。

ドイツ語だからさっぱりわからないけど、アキも笑顔で返していた。



アキは、いろんな顔を持ってるんだ。

初めて会った時のような、誰も寄せ付けない鋭い顔。

目覚めた時に見た、優しい顔。

美術館で見せた、真剣な顔。

そして、今目の前の彼は、まるで子供に返ったように屈託なく笑っている。