文化祭で、氷上の彼女が結莉と知って、急にムカついた。

オレのできなかったことをやっている氷上に。

幸せそうな顔で微笑む結莉に。

少し話しただけでも、氷上の真剣さは伝わってくる。

結莉しか見えていない。

あの触れられなかった少年のように。

でも、氷上は許されているんだ。

結莉に触れることに。

心の奥に閉まってあった宝石を、盗まれた。

急にどろどろとした感情がうずまいた。


「結莉!氷上ともうやった?」

二人ともオレの言葉にカタマった。

やっぱり。そうだと思った。

大事にしてるんだよね。
特別な相手を見つけたんだよね。氷上。
結莉にそう簡単に、触れられないよね。

でも、先に見つけたのはオレなのに…

結莉は変わっていない。

傷付きやすくて、繊細。
オレのまわりの女子とは真逆。
優しくて賢い。加えて美人。

結莉なら、母さんも大喜びだろう。

リビングでイチャイチャしてくることなんて、絶対にないだろうし、スカートであぐらをかくところなんて想像もできない。

スナック菓子でベトベトの手でオレに触ってくることもない。

結莉なら、手土産持って、母さんに挨拶して、母さんの方が楽しそうに結莉としゃべりそう。

中学のころは、見るたびオレに、大きなため息をつく母さんが、ウザくてしかたなかった。

でも、オレはきっとどこかで、笑う母さんが見たいと思っているんだ。

結莉を連れてきたら、きっと母さんは笑ってくれる。

彼女だって、認めてくれる。


俺が小学生のとき、結莉から離れなければ、今隣にいるのは、オレだったんだろうか。

オレはきっと、「結莉だけ」が、怖かったんだ。

手離したら、戻ってこないことはうすうす感じていたのに。

「結莉だけ」にしないと、結莉が離れていくのはわかっていたのに。

結莉ひとりに、のめり込むのが怖かった。

だからこそ、ムカついたんだ。

それを実行している氷上に。

「結莉だけ」をつらぬきとおして、結莉の笑顔を手に入れたアイツに。

あの氷上が、小学生のころから思い続けて
ようやく手に入れた宝物を奪ってやりたくなった。

氷上が、オレのように遊んでいれば、
「結莉だけ」でなければ、
奪ってやろうなんて思わなかったかもしれない。

氷上の「結莉だけ」が、崩せないなら、
結莉の「氷上だけ」から攻めこむしかない。

きっと心のどこかにはあるはず。

「許嫁の伊織くんへの思い」

結莉は優しいから、きっと忘れていない。


リビングに降りると、母さんがキッチンで夕飯を作っていた。

いいこと思いついた。

「ねぇ。母さん今度いつ、結莉んち行くの?
オレも結莉にしばらく会ってないから、久々に顔みたいんだけど。
あっ!でも、驚かせたいから結莉には言わないで。
ちょこっと顔出すだけだから。」