8月終わりの記録的な多さの台風のおかげで、深瀬はプールに行けないまま9月になった。

俺は神様にお礼を言った。

やっぱり部活が忙しく、プールの付き添いは無理で、神頼みしかなかったのだ。

水着姿が見れなかったのは残念だけど、女の子同士で行く危険性に比べればマシ。

ほんとに良かった。

予備校の夏期講習も終わったみたいだし、当分 周防に会うこともないだろう。

周防のことは、なんとなく深瀬に聞きづらくて 聞いてない。

俺のちっちゃなプライドだけど、

あいつと仲良くしてるの?とか
連絡とってるの?とか聞けない。

連絡とってるとか言われたら、嫉妬でおかしくなって、
どんどん深瀬の自由を奪ってしまいそうになる。

俺自身は、他の女のことなんて目にも入らない。

深瀬以外に連絡先を教えたこともないし、教えるつもりもない。

ちょっとでも深瀬に誤解されるような行動すらとりたくない。

俺の微妙な優しさが、本命を逃すんだと

母さんに説教され続けて、本当の意味がわかったのは、最近だ。

話しかけられることに普通に答えることも、相手が特別な感情を持っているなら、意味を持ってしまうんだ。

今まで何回も女子に聞かれたやり取り。

「氷上って彼女いるの?」

小学生のころから何度も聞かれた質問。
俺は今まで

「いないけど…」

こう答えていた。もちろん深瀬と付き合う前。

いないけど…好きな人はいる。深瀬結莉。

これが真実だが、受け取る方は

いないけど。フリーだよ。とか

いないけど。好きな人はいるよ。それはキミだよ。

とか勝手な解釈をして妄想に広がりをみせる。

それがいけなかった。

本当に手に入れたかったものが、今手の中にある。

ずっと側にいられるなら、なんでもやる。

誰にでも優しくするのはやめる。

母さんの言うことだって参考にする。

深瀬の家に呼ばれてると 言ったら

挨拶と靴だけは揃えなさい。と言われた。

中学のころは、母さんの言葉など全て聞き流していたが、今は人生の先輩としてありがたい。

無知な俺に、手を差しのべてくれる。



まだ暑さが残る日曜の午後、

俺は深瀬の家の前に立っていた。

身だしなみOK。

母さんに持たされた手土産OK。

結莉さんとおつきあいさせていただいてる氷上涼です。
よし。挨拶OK。

インターホンを鳴らした。

すぐに深瀬が玄関ドアを開けた。

「いらっしゃい。暑かったでしょ。入って入って。」

あぁ。今日も可愛い。
なんて涼しげな白い肌…

いやいや。ボーっとしてる場合じゃない。

今日の俺に課せられた任務は多い。

まずは挨拶!

深瀬の後ろに、お母さんが立っている。

やっぱり綺麗な人だ。深瀬とそっくりではないが、穏やかな感じや 白さは母親譲りなのだろう。

「初めまして。結莉さんとおつきあいさせていただいてる氷上涼です。よろしくお願いします。」

噛まずに言えた!

「いらっしゃい。私は氷上君知ってるのよ。小学校の時から。」

「えっ!あ…同じクラスだったから?」

しまった。思わずタメ口になった。

「結莉と仲のいいイケメン見逃さないわ。
それに、林間学校、手繋ぎペアだったでしょ?
結莉ツーショット写真買ってたもんね。」

「もう。ママ、玄関でやめて。涼、あがって。」

深瀬の少し怒った顔が可愛い。

「いいなー。『涼』だってー‼青春だわー。」

なんだか見た目より面白そうなお母さんでほっとした。

俺は母さんの言いつけどおり靴を揃えてあがった。


深瀬の家は、深瀬そのものだった。

綺麗で、センスがいい。イヤな豪華さや派手さはなく、俺の家のごちゃっとした感じとは大違い。

整理整頓されていて、無駄なものがない。

深瀬のお母さんが、キッチンでグラスに氷を入れながら、

「氷上君、すごくモテるでしょう。引っ込み思案な結莉がよくゲットできたわね。」

「ママ。ゲットとかやめて…。ごめんね。涼。ママ昔から彼氏はイケメン連れて来いってうるさくて。」

「え…いや…あの…」

なんて切り返したらいいんだ…悩んでる間に次々に母娘の会話が飛び交う。

「小学校でも中学校でも有名だったわよ。ママの間で。かっこいい上にサッカーも上手い氷上君。競争倍率高そうだったもの。高校でもモテるでしょう?」

なんて難しい質問なんだ。なんて答えるのが正解なんだ…

モテる…ような気もするけど、深瀬のことがずっと好きだし、初めての彼女だ。それをモテるというのか…

結莉さんのことが、ずっと好きです‼と母親にいうのも恥ずかしい。

答えあぐねていると

「ママ、涼 困ってるでしょ。」

と、深瀬が助け船を出してくれた。

「いいじゃない。結莉秘密主義だから全然教えてくれないの。この前もUSJ連れていってくれてありがとね。結莉なんて、勉強一緒にやってることもその時まで言わなかったのよ。」

え…言ってなかったんだ。

家族には秘密にしてたんだ。なんでだろう…

家族に秘密なんてなさそうなイメージだったから、俺のことを隠していたことに、多少の不安を覚えた。

「結莉…さんには、俺だけでなく弟までお世話になってて…すいません。」

「いいのよ!この子勉強教えるの大好きなの。昔から。特技勉強 趣味読書。教えるの、けっこうわかりやすいでしょ?」

「はい…とっても。」

言いながら深瀬の顔を見たら、微妙な顔をされた。

俺が毎回誘惑に負けていることが不満なのだろう。


テーブルにアイスティーとロールケーキが運ばれてきた。

こんなに緊張するおやつの時間は初めてだ。

俺が緊張してあまりしゃべれないので、

深瀬のお母さんが気を遣って、結莉の部屋に行くよう促してくれた。