あいつが目の前にあらわれたのは、

夏期講習の前半が終わる日の夕方だった。

いつもは授業が終わっても

深瀬が質問してきたり、

僕もわかりにくかったところを

二人で話したりしてから帰っていた。

しかしその日は 授業の休憩時間に

いつもは出さないスマホを見ていたので、気になった。

「氷上?」

聞きたくないけど、聞いてみた。

少し頬を赤らめた深瀬が

「今日、練習早く終わったみたいで、ここまで迎えにきてくれるんだって。」

「へぇ。良かったね。」

心の中を黒いものが占領していく。

氷上と深瀬が 仲良くしている姿など見たくもない。

僕と深瀬のテリトリーに入ってくるなよ。

「あっ!今日、周防君に聞きたい問題 あったんだよね。
あぁ。でも周防君明日から旅行だよね。
今聞いてもいい?」

と深瀬が言った瞬間、先生が入ってきた。

残念そうな顔をした深瀬を見て、いいことを思いついた。

紙に自分のメアドと「質問受け付けます。」

と書いて そっと深瀬に渡した。

この流れなら、連絡先を渡しても不自然じゃない。

今の段階で、僕は氷上に勝てない。

深瀬のことを思う気持ちは負けていないが、

ルックス、運動神経、距離、家族、深瀬の気持ち。

あらゆる面で負けている。

今は布石を置くことしかできない。

いつか深瀬を奪えるチャンスが 来るかもしれない。

それが何年後であろうと。

今は、同じ大学を目指す 友達 というポジションでもいい。

でもその中で一番になりたい。

もっと深瀬を惹き付けられるような男になって、

物理的に距離が縮まった時、奪いにいけばいい。

それまでは、安全な男でいよう。

深瀬に警戒心をもたれないように。

でも、少しでも繋がりは必要だ。


すぐに深瀬から小さな紙が手元におかれた。

まさか返却された?かと思ったら違った。

ありがとう。SNSとかやってないからメアドでごめん。

と綺麗な字でかかれた下に電話番号とメアドが書かれていた。

繋がった。

布石は置けた。

友達としてなら受け入れてもらえる。

それだけで、気持ちは高揚した。

授業中に深瀬のメアドを登録し、

授業が終るとすぐに、メールした。

氷上に会う前に送っておきたかった。

氷上は僕のことなど覚えてもいないだろうが、

僕の存在が邪魔だと思わせたい。

いつか氷上と深瀬の隙間に入って、自分のチャンスを作るんだ。


すぐに返信がきた。

ーー旅行の邪魔にならない程度に質問させて下さい。
ありがとう。ーー

メールをみて、深瀬に直接言った。

「家族旅行なんて、暇でたまらないから、たくさん質問してよ。僕もわからないとこ聞いてもいい?」

「私で答えられるなら。」

「英語で質問するよ。」

「えーーっ。返信するのに時間かかるよー。でも、勉強になるな。よろしくお願いします。」

変にポジティブな深瀬に笑いながら、外に出ると

明らかに僕のようなタイプと真逆の

日に焼けた 見覚えのある男がいる。

氷上だ。横の深瀬が手を振っている。

氷上は明らかにムッとした表情を浮かべた。

昔は氷上を見上げる感じだったが、

背が伸びてたせいか、目線はさほど変わらなくなっていた。

深瀬は、他人の気持ちには敏感なのに

自分へ向けられる気持ちに昔から鈍感だ。

たぶん僕がずっと好きなことも、気づいていない。

気づいているのは、氷上だけだろう。

妙なハイテンションで、僕を氷上に紹介しているが、氷上が不機嫌な理由も きっと深瀬はわかっていない。

これ以上氷上を怒らせて、僕の気持ちに深瀬が気付いたら大変だ。

「彼氏待ってるよ。またね。」

それだけ言ってその場を離れた。


深瀬のメアドを知ったことで

僕に目標が生まれた。

長期の計画を立てて深瀬を振り向かせる。

深瀬は僕にとって程遠い存在だけど、他の誰かを愛せる気もしない。

氷上は確かにかっこいい。

今のところ、あいつに勝てるスペックは偏差値くらい。

でも、僕のこのひとつだけのスペックが

深瀬にとって魅力的になる可能性があるかもしれない。

今、あの二人がどんな話をして、どんな風に触れあっているかは考えない。

先を見るんだ。

いつか僕にもチャンスがくるはずだ。

見逃してはいけない。