適当な空いているところに座ると、氷上が私に気付いて手を振った。

私に…だよね?

一応回りを見回して、小さく手を振った。

「彼女っぽーい。いいなーいいなー。」

美桜がニヤニヤしながら、肩をぐいぐい押してくる。

「私に?かな?」

「そんなのそうに決まってるじゃない。ゆうりに手を振ってる時、めっちゃうれしそうだったし。」

確かに これはうれしい。

君が彼女だ!って証明してもらってるみたい。

私は ただただ 舞い上がっていた。

これが後に 波乱を呼ぶとも知らずに‥‥。


試合は氷上のチームが始終リードしていた。

真剣にサッカーをやっているのを 観るのは初めて。

ピッチを駆け回る姿は、いつもの100倍 かっこいい。

後半30分にゴールを決めた。

私は美桜と立ち上がって喜んだ。

氷上がこちらの方に走ってきて手を挙げた。

氷上の全てが眩しくて…好き の気持ちでいっぱいになった。

「彼氏、イケメンすぎるねー。」

「うん。私にはもったいないくらいの人で‥‥。」

「ゆうり、またそれ言ってる。ゆうりだって、稀有な人だよ。私の自慢の友達だもん。」

「美桜ーー。」

「それに、見てる感じだと、彼の方がゆうりにラブラブじゃない?」

「そんなわけないよ。私ばっかりだよ。」

「そんなことないと思う。試合の間中、ゆうりのこと見てたし、お母さんも来てるのに、普通試合に呼ばなくない?それに‥‥」

「何?」

「あの手を振るの、マーキングだよね。」

「マーキング?」

「あいつは、俺のもんだ。手を出すなよ。っていうアピールでしょ?」

「そんなわけないよ。誰にも手なんか出されないし!」

「いやー。ゆうり本気で言ってる?このサッカー場に入る前から、男子達に チラチラ見られてるの気づかなかった?」

「女子二人組が珍しいだけでしょ?」

「今まで何人に告白された?」

「えっ?何?唐突に。」

「ちなみに私は、ひとり。中1の時。ゆうりは?」

「えーーーっと。‥‥小学校の時に5人。‥‥中学の時に16人くらい。」

「まじで?天文学的数字だね!全員ふったの?」

「ふったというか、今は付き合うつもりがないからって、断ったけど。」

「それに彼も知ってるの?」

「知らないんじゃないかな?私達中学の時、一言しか会話してないし。きっと、私より、たくさん告白されてそうだし。」

「なるほどねー。わかってきたよ。」

「何が?」

「言っとくけど、15才で告白20人以上は、モテすぎラインだから。で、彼はそれを知ってて、まわりにアピールしてるの。ゆうりはオレのだ。手を出すな!って。で、早いタイミングで、親にも紹介して、ゆうりを独占しようとしてるんだよ。」

「独占って。美桜は私のこと誤解してるよ。」

「いや、ゆうりが認識を改めるべきだよ。どこを歩いていても、かなり目をひくよ。たぶん二人とも。」


試合が終わると、美桜がトイレに行くからと席を離れた。

美桜がいなくなったタイミングと同時に、知らない女の子達が近づいてきた。

嫌な予感…

3人組。制服を着てる。氷上と同じ高校だ。

その中の一人が口火を切った。

「あんたってさ、最近氷上とつきあいだしたっていう人?」

あぁ。やっぱりこのパターン。

何も言えず黙っていると、端のもう一人が更に続けた。

「氷上とはさ、綾香が付き合う予定だったんだよね。」

えっ?付き合う予定?
意外な言葉に驚いた。

どうやら綾香というのは真ん中の可愛い系の女の子のことらしい。

「4月から頑張って声かけて、最近仲良くなって、夏休み前には告白してつきあう予定だったのに、
なんであんたが出てくんの?」

ん?2つの疑問。
それ付き合う予定じゃなくて、告白する予定じゃない?

なんで全部人に言わせるの?


そう思っていたら、真ん中の可愛い系が、とてもその顔から想像できない言葉を吐いた。

「あんたさー。別れてくれない?
私の方が氷上のこと好きだし、私の方が似合うと思うの。
いきなり出てきたあんたに、横取りされるの超ムカツクんですけど。
私、入学してからずっと好きなんだから。」

こういうトゲのある言葉は胸に刺さる。
でも、言い返さなくちゃ。

中学生までの私は、いつも逃げてた。

けど、もう違う。

人に言われることで諦めるのは嫌だ。


「別れないよ。」

小さい声になったけど、言い返した。

泣きそうだった。

そこに、

「あなた達何やってるの?」

と声がした。
私が見上げるよりさきに、3人組が噛みついた。

「うっさいよ。おばさん。」
「大事な話してんだよ。」

「3人でひとりを脅すような真似やめなさい!」

「どっかいけよ。おばさん。関係ないだろ?」


「あっ。氷上の…」
見上げた先には氷上のお母さんがいた。

氷上のお母さんは私の前に入り、3人組をにらみつけ、

「う.ち.の.息子の涼は、
小5の時からずーーーーーっと、この子が好きなの。
涼からこの子を横取りするの、やめてもらえる?
涼のこと好きになってくれたのは、有り難いけど、こういうやり方、涼も私も嫌いだわ。」

「えっ…氷上…君のお母さん…ですか?えっ?」

「涼が紛らわしい態度を もししてたなら謝るわ。
でも、あの子、この子意外に好きになった子なんていないはずよ。
あと、せっかく可愛い顔なのに、口が悪いのは残念ね。
涼は うるさい子、 嫌いよ。
うっさいおばさんからの忠告。」

3人組はバツ悪そうに去っていった。

優しい顔で振り向いた 氷上のお母さんは、

「うちの息子のことよろしくね。」

と優しい声で言った。
その言葉に胸に詰まってたものが流れだし、涙が止まらなくなった。

「涼、今、人生で一番幸せそうなの。
あんなに楽しそうなの小5の時以来よ。

結莉ちゃん…たぶん、今みたいなことがたくさんあったんじゃない?
涼が勇気だしたおかげで、ようやく助けてあげることができたわ。
涼にも言っとく。もっとちゃんと守れ って。」

言葉ひとつひとつが優しさで溢れていて、胸の奥をそっと包まれているようだった。

「ありがとうございます…よろしくお願いします。」

泣きながら、声にならない声で伝えた。
氷上のお母さんが、頭をポンポンと撫でてくれた。

優しさに涙が止まらなかった。

トイレから帰ってきた美桜が、事態が飲み込めず、呆然と立っていた。