私が冷静になって電話を切る前に、

2コールでなつかしい声がした。

「深瀬?どうした?」

「えっと…今ねちょっと困ってて…えっと」

うまく言葉がでて来ない。

「今どこ?どうした?」

「駅前のカラオケ…のトイレ…出れなくて」

間抜けな返事しかでてこない。

「大丈夫?誰といるの?」

真剣な氷上の声に少し冷静さを取り戻した。

「えっと…里桜達ととカラオケに来たら、知らない男子もいて…なんかトイレの前で待たれてて…。
手を触られて気持ち悪くて…」

支離滅裂で、何を話したのかよくわかっていなかった。
でもそこまで言うと、

「駅前って豊中駅?Jカラ?今すぐ行くから出ずに待ってて。」

「えっ‼ うん。そう。ごめん…。ごめん…ありがとう」

電話がすぐ切れて、急に恥ずかしくなってきた。

中学卒業式以来会っていなかった 同級生の男の子に電話してしまった。

それどころか、カラオケのトイレに助けに来てもらうなんて。

電話を切ると、急に我にかえって、恥ずかしさがきみあげた。

氷上は 小中学校同級生。

小学5年の林間学校で 肝だめしのペアになった。

手をつないで肝だめしをまわった。

そこからよく話すようになって、氷上と話す時間が楽しくて、氷上だけが光って見えて、

好きだなぁ…と思うようになった。

でも、氷上は人気があった。

いっつも男子の中心で、よく笑って、サッカーばっかりしてた。

平和な片思いは、小学生の間だけ。

中学に入ったら氷上は更に人気がでた。

中学にファンクラブみたいなのができた。

どこでどんな噂を聞いてきたのか、私はファンクラブの子達から にらまれるようになった。

私は氷上が好きだなんて、友達に話したこともない。

氷上とはもう半年以上話してない。

なんで私がにらまれるのか…

でも、態度に出ていたのかもしれない。

氷上が好きな私は、肯定も否定も出来ず、ただそれを受け入れるしかなかった。

中学に入ったばかりの私にはつらい日々が続いた。

他の小学校から来た女子は、目が恐い子達が多かった。

休み時間ごとに色々な女子が来て、私を見定めているかのようににらんでいった。

私はなるべく氷上に関わらないように 中学時代を過ごした。

氷上からも話しかけられることもなかった。

私のこと、面倒に思ってるかもしれない。

ファンクラブの子にあることないこと 悪口を聞かされていることだろう。

その子達を敵にまわしてまで、告白する勇気も熱量も私にはなかった。

私の気持ちは封印し、恋愛が怖くなった。

別の誰かに告白されても、人間関係が怖くて 全て断った。

男子も女子も苦手になった。

他人からどう思われていたかはわからないが、中学時代はずっと人に対して心を閉ざしていた。

勉強と部活ばっかりだった。


だから本当に驚いた。

中学校の卒業式の帰り際、氷上に いきなり連絡先を渡されたことに。

「もし携帯買って困ったこととかあったら連絡して。」

それだけ。

それだけ言って友達の輪に戻っていった。

3年以上話してなかったのに。

私のこと気にかけててくれた?

好きとかいわれたわけじゃないのに、ドキドキしてうれしかった。


春休みに入学祝でスマホを買ってもらって、すぐに連絡先を送った。

人生初めてのメールにすぐの返事はなくて、晩御飯食べて部屋に戻ったら、スマホが点滅していた。

ーー登録完了。なんか困ったことあったら連絡して。氷上 涼ーー

思った以上のあっさりした返事に、困ったことがないと連絡できない気がして、今日まで連絡してなかった。

やっぱり誰にでも渡してたのかなー。

私だけじゃないのか。当たり前だよね。

好きなわけないかー。

私って自意識過剰だなー。

とか思って、ちょっと期待していた自分に気づいた。

部屋で寝転び 少しへこんだんだ。




コンコンコン

トイレのドアが叩かれた。

「結莉?大丈夫?」


愛良の声だった。急に現実に引き戻された。