俺の家は、まだ小学生の弟すら帰ってきておらず、静まり返っていた。

結莉が家庭教師に来てくれる日は、リビングがきれいに片づけられてある。

「なんか飲む?」

なんだか気まずい空気を打開したい。

「いいよ。飲み物あるし。」

たいしたことではないのに、断られると地味にへこむ。

自分用に冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注いだ。

二階にあがって、部屋に入り、結莉はベッドに座り、かばんからプリントを出して広げていた。

ふと、結莉の動作が止まった気がして、結莉を見ると、下をむいていた視線を 不自然に自分のかばんの中へ戻した。

結莉が見ていただろう視線の先に目をやると、ゴミ箱だった。

やばい。俺、なんか変なもの捨ててたかな。

中身を見ると、どうして結莉が、見て見ぬふりをしたか わかった。

ゴミ箱には、下校時にロッカーに入れられていたド派手なピンクの手紙があったからだ。

しかも、氷上君へ と丸い女文字で差出人の名前まで丸見えだった。

やましいことなど何もないのに、慌てた俺は、

「これ、たまたま今日、ロッカーに入ってて、学校で捨てるのも何だから……。」

と、聞かれてもいないのに答えた。

悪いことなど、していないのに、言い訳がましくなった。

「涼、モテるもんね。返事しなくていいの?」

結莉がうつむいたまま言った。

なんだか、もっと微妙な空気になった。

「彼女いること知ってるはずだし。きりがないし。」

「そっか。小学生の時からすごかったもんね。手紙とかチョコとかいっぱいもらったでしょ?」

結莉は、わざと明るく振る舞うかのようにしている。

「バレンタインはなるべく家にいないようにしてた。そしたら、郵便受けに勝手にいれるやつが多くて、入りきらないから、玄関とかに置き去りにされてて、お供えみたいになってた。」

「すごいね。」

「一番欲しい人からもらえなかったら、意味ないよ。」

「え?」

「いつも、チョコの山の中から、もしかしたら結莉から入ってないかなぁって探してた。一回もなかったけど。」

「本当は、一回作ったよ。涼に。」

「えっ!いつ?」

「小5の時。でも、渡す勇気がでなくて、次の日自分で食べた。」

「まじで!その日偶然会えてたら、俺チョコもらえてたの?」

「うん。家の近くまで来てたから。でも家の前にクラスの女の子達が何人かいて、逃げて帰ってきちゃった。」

「おぉぉぉ。なんてこった。」

「なつかしいな。なんか次の日のチョコが胸につかえたことは覚えてる。」

「食べたかったなぁ。その時のチョコ。」

「今度作ってくるよ。再現して。」

「本当に?」

「うん。なんか なつかしいな。」

「なにが?」

「バレンタインとか修学旅行とか体育祭とか、イベント前後って、告白ラッシュじゃない?」

「あぁ。」

「そのたびに涼の噂が流れてて」

「どんな噂?」

「何組の何々さんが氷上君に告白するらしい。今度はつきあうんじゃないか。やっぱりふられたらしい。他の学校に彼女がいるんじゃないか。って。」

「そんなのデマだよ。」

「でも、そのころの私は、噂の度に一喜一憂して、ふられたって聞くと、なんだかホッとして。でも、誰にも言えないから、全部自分の中だけなんだけどね。」

「俺だってそうだよ。俺、結莉と仲良くしてるやつを見ては、離れろーーって念おくってたもん。」

「それは嘘だ。中学の時、涼と一回も目が合わなかったもん。」

「嘘じゃないよ。遠くから念送ってた。」

「絶対ウソだ。」

「本当だよ。‥‥友達が結莉に告白したことがあってさ、中三の時。相談されてたのに、全然応援できなくて、心の中ではふられろって思ってて、あれはきつかったな。」

「‥‥黒崎君かな?」

「うん。あいつがどんどん結莉にしゃべりかけていくの見てて、うらやましかったな。」

「よくうちのクラスまで来てた。」

「俺は、黒崎に相談受けるふりして、結莉の情報を手に入れてた。」

「情報って大げさな。」

「いや。貴重だったんだよ。でも、つらかった。」

「友達だから?」

「あいつけっこういいやつだったし、結莉が好きになったら、つきあうことになったらどうしよう。ってけっこう悩んでた。」

「黒崎君、いい人だよね。」

「やっぱり!けっこう好きだった?」

「人間性がね。嫌いじゃなかったけど、」

「けど?」

「黒崎君を大好きな子たくさんいたから。」

「それ、なんか関係あるの?」

「私、その子達のようには黒崎君好きじゃないな。って思ってしまうの。」

「でも、黒崎は結莉が一番好きじゃん?」

「それはそうだったかもしれないけど、私はそこが基準かな。」

「じゃあ……俺も、中学の時告白してたら、無理だった?」

意外な質問だったのか、結莉がすこし目を丸くした。

「そんなわけないよ。だって、黒崎君にしゃべりかけられてること、涼に知られるのも嫌だったのに。友達って知ってたから。でも‥‥」

「でも?」

「もしそうなってたとしても、付き合ってることは秘密にしてもらうかな。」

「えっ?なんで」

「涼のファンクラブに殺されそうだもん。」

「あぁ。ごめん‥‥」

「冗談だよ。」

「そっか。そっかぁ。あっ!」

「何?」

「結莉はちょっと鈍感なところがあるので、高校では気を付けるように。」

「いきなりどうしたの?」

「黒崎で思い出した。やっぱり言っとく。」

「何?」

「さっきのあいつ。バスケっぽいクラスメイト。」

「佐藤くん?」

「そう。あいつ、結莉のこと狙ってるから、気を付けるように。」

「佐藤君が言ってたの?」

「ちょっと小耳にはさんだ程度。」

「もう好きじゃないとおもうけど、一応、了解。」

「あと、かっこわるいついでに聞いておく。」

「何?」

「生徒会誘ってる先輩って男?」

「うん。女の人もいるけど。」

「それも、きっと危ないから気を付けて。」

「大丈夫だよ。」

「大丈夫じゃない!じゃあ、俺が女の先輩が誘ってくる生徒会に入ってもいいの?」

「それは、嫌……。」

「俺もイヤ。結莉は騙されやすそうだし。」

「何それー!私、けっこうしっかりしてるよ!」

「ホントに?」

「‥‥でも、」

「どうした?」