俺の願いは通じず、俺の後ろの男子が

「深瀬、どうしたの?」

と、うれしそうな声をはずませた。

結莉は、一瞬、微妙な顔をした。

その表情に不安を覚えた。

バスの運転手さんが、微妙な顔をして俺をを見ている。

乗るの乗らないの?心の声が聞こえてくる。

俺は乗らないけど、こいつらは乗せてくれ!

そう言いたかった。

「涼、お待たせ。」

結莉は、俺の顔を見て、そう言うと、

「佐藤くん、バス大丈夫?」

と、後ろの男子にも声をかけた。

顔は見えないが、ひどく驚いた顔をしていることだろう。
まさか、ベンチに座っていた男が、大好きな深瀬の憎き彼氏だったのだから。

「えっ?あっ。うん。」

佐藤と呼ばれた男子は、ひどく動揺している。

しびれを切らしたバスは、無情にもドアを閉めて、ブオンと大きな音を響かせ出発してしまった。

もう、早くここを離れよう。

盗み聞きなんて、するんじゃなかった。

そう思って、立ちあがろとした瞬間、友人Aが

「もしかして、深瀬の彼氏って‥‥」

と余計なことを口にした。

結莉は照れたように、

「うん。」

と言いながら、うなずいた。

可愛い。可愛いんだけど、タイミングが微妙すぎ。

盗み聞きしていた俺は、所在なく立ち上がり、後ろに振り向いた。

そして、結莉大好き男と、友人Aに対面した。

佐藤と呼ばれた結莉大好き男子は、俺より背が高く、クラスの中心にいるようなタイプだった。顔も悪くない。

友人Aは、思ったとおり、あまり印象に残らない顔立ち。次に会っても、わからないだろう。

しかし、バツわりぃ。

結莉大好き男と友人Aは、初め驚きの表情を見せていたが、今までの話を思い出したようで、

「じゃあ、深瀬また。」

と言って、変な空気感を残し、門の方へ歩いて行った。

おいおいバスはいいのか?と思ったが、口には出さなかった。

「クラスメイトなんだ。」

と、結莉が申し訳なさそうに言った。

「へぇ。」

なんでもない風に答えたが、頭はぐるぐる考えを巡らせていた。

あいつら結莉のこと好きだって。なんて口を滑らせて、結莉が意識しだしたら困る。

かといって、明日にでも、あいつらが、深瀬の彼氏盗み聞きしてたぜ。とか言われても困る。

どうすればいい。なにが最善なんだ。

「委員会終わったの?」

答えが出ないまま、無難な質問をぶつけてみた。

「うん。ちょっと先輩に捕まって、遅くなっちゃった。」

それ男?
と聞きたいが、あまりにカッコ悪いので、

「何か頼まれたの?」

と、遠回しに探りを入れた。

「文化祭のことで、時間が足りないから別日に集まりたいとか、生徒会一緒にやらない?とか。」

「生徒会するの?」

「しないよ。人の前で発表とか苦手だし。」

「そうなの?でも、入学式では代表で挨拶したんじゃ‥‥」

「え?私、話したっけ?」

「いや、あの‥‥噂できいて‥‥。」

ヤバい。盗み聞き情報が早くも裏目に‥‥

「そう。入学式も、頑張って原稿覚えて言ったのに、なんか急にザワザワしはじめて‥‥。何が変だったか未だにわからないの。だから私、人の前に立つとかムリなんだよ。」

それは、結莉が美人すぎて、ざわついてたんだって。
しかし、それを言っていいものか。
言っても、そんなわけない というのが結莉だろう。

「仲のいい先輩なの?」

「うーん。委員会の人達、すごく積極的で、話し合いとかは多いかな。」

はぐらかされた。

俺が聞いているのは、男なのか女なのかの一点だ。

女なら別にいいけど、男なら、さっきの情報と合わせて考えても、結莉狙いに間違いない。

「さっきの人もクラスメイトなんだよね。」

嫉妬が口から出てくる。

聞かないでおこうと、思っているのに、聞かずにいられない。

「あぁ。うん。そう。」

結莉が少し動揺したのを見逃せない。

「クラス、仲いいの?」

「中学の時よりは、仲いいかな。さっきの佐藤くんとか、よくクラス行事考えて、テスト終わりとか夏休みとか、色々企画してるみたい。」

それ、結莉を誘うために、企画してんじゃない?

そんなこと言えるわけもなく、

「へー。楽しそう。」

と思ってもいない返事を返した。

心狭すぎだろ。自分が嫌になる。

「どうなのかな。行ったことないし、わかんないけど。」

意外な答えに、少しうれしくなった。

「行ったことないの?なんで?」

「‥‥ああいうのって、クラスで好きな人がいる子とか、真剣だから、なんかその空気感がしんどいというか、なんというか。」

「あぁ。」

結莉が感じていること、なんとなくわかる。

自分がエサにされているのに、そのエサは観賞用で、絶対動くなという同性のプレッシャーは、面白いものではない。

不特定の異性からエサはつつかれるし。

「でも、結莉が来ないんじゃ、さっきのヤツも企画倒れなんじゃない?」

しまった。こんな話、おかしい。

「さっき、佐藤くん、涼になんか言った?」

結莉があわてて聞いた。

「いや、あの、ちょっと聞こえて‥‥しゃべってはない。」

「なんて言ってた?変なこと?」

「いや、結莉が塾で1位で、入学式の時、美人で驚いたって言ってた。」

嘘はついていない。

「それだけ?」

「なんかあるの?あいつと。」

これ以上質問されると、ボロがでそうだったので、質問返ししてみた。

「ないよ‥‥。」

気まずい雰囲気になった。

学校から家が近すぎて、微妙な空気感のまま、俺の家についてしまった。