一旦、家に帰って、制服を脱いで、結莉にメールした。

ーー意外に早く終わったから、迎えに行くよ。ーー

メールの返事がなかなかないので、待ちきれず歩いて結莉の高校へ向かった。

やっぱり近い。5分くらいで着いてしまった。

校門が見えたところで、スマホを確認したが、結莉からの返事はない。

授業中は、音無設定にしていると言っていたから、気づいてないのかもしれない。

今日は、校門前のピンクのパン屋が開いていた。

さすがにこのパン屋では待てないので、学校前バス停のベンチに座った。

生徒がまばらに出てくる。

急に太陽が雲に隠れ、冷たい風が吹き抜けた。

背の高い同い年くらいの男子二人が、ベンチの後ろにやってきた。

バスを待っているのだろう。

俺はバスを待っているわけではないので、席を譲ろうと立ちかけた。
その時、

「あーー。やっぱいいよな。深瀬って。」

後ろの男が、そう言った。
びっくりして立つに立てなくなった。

なんてピンポイントな話題なんだ。

すると、もう一人の友達らしき男が、

「委員会自体、男子全員深瀬目当てと言っても過言ではない。」

と茶化した風に言った。

そういえば、今日、委員会で遅くなるって言ってた。

こいつ結莉と同じ委員なのか。
結莉目当てなのか。

「やっぱりそうだよな。今年の学級委員、男子は異様に早く決まったって、先生言ってたし。皆、深瀬目当てか。」

「そりゃ、入学式であんな美人が主席で挨拶してたら、皆、ほっとかんよ。主席はだいたい学級委員だし。お前もそれで学級委員なんて面倒な仕事引き受けたんだろ?」

「まぁな。でも俺、入学前から名前だけは知ってた。深瀬結莉。」

「なんで?有名人?」

「塾の模試で、常に1位。顔は知らなかったけど。」

「マジで!なんでうちの高校来たの?」

「近いからって言ってた。入学式の時、マジで驚いたもん。塾で伝説の深瀬結莉が超美人で。同じ塾出身のやつら、皆、ざわざわしてたもん。新入生代表挨拶の時。」

「あぁ。それでざわついてたんだ。オレ、ただ美人すぎるから、ザワザワしてんのかと思ってた。」

「っていうか、小学生の時からランキング上位で、絶対に中学受験して難関中学にいると思ってたのに、中学のランキングでまだいてびっくりした。」

「すごいな深瀬。」

「中学からはずっと満点1位。満点以外見たことない。ありえないよ。」

結莉‥‥頭いいとは思ってたけど、1位だったんだ。しかも主席って‥‥。

「だから、同じクラスになれたの、めっちゃうれしかったのに‥‥これからっていう時に彼氏できたとか言うし‥‥。別れないかなぁ。」

別れるわけないだろ!振り返ってそう言ってやろうかと思った。

しかし、後ろの二人は会話も興味があった。

学校での結莉の話を俺はほとんど知らないから。

「でも、前に、うまくいってない的なこと言ってなかった?まだ続いてんの?」

え?そうなの?
こいつにそんなこと言ってたの?
胸がざわついた。

「なんか、昨日迎えに来てたらしいよ。手つないで帰っていったって。イケメンだったけど、軽そうだったって、見た女子が騒いでた。」

おいおいおいおい。それ長瀬じゃないか。
手をつないで帰った‥‥
もし今初めて聞いてたら、ショックで立ち直れないだろうな。

真相を本人から聞いていても、ダメージは大きい。

そいつは彼氏じゃないし。

手は無理矢理引っ張られてただけだし。

と、振り向いて大声で言ってやりたい。

彼氏は俺なのに。

「なんでそんなやつと 付き合ってんのかなぁ。結局顔なのかなぁ。」

だ、か、ら、長瀬は彼氏じゃないし!

「どうだろうね。でも、深瀬のこと狙ってるやつ多いし、そんなに好きなら、彼氏なんて気にせずコクっちゃえば?」

おいおいおいおい。やめてくれ。

あおるな友達A。

「無理だよ‥‥。」

うん。やめておけ。波風立てんな。

でも、コイツの気持ちもわかる。

コイツは以前の俺だ。

結莉にフラレることが怖くて、何も行動できない。

「でも、クラスにもバスケ部の先輩にも、委員会にも、深瀬に本気なやつはいっぱいいるし、かなり告白されてるんだろ?後悔するぐらいなら、ぐいぐい押してみたら?」

だから、あおるなって。友人A。
っていうか、やっぱりそんなにモテるのか。

だよなぁ。

「最初は頑張ってたんだけど、深瀬天然?鈍感?なとこあるから、気づいてないかも。わざと かわされてるのかなぁ。あんま男子と話さないし。毎日見れるだけでもうれしいんだけど。」

うん。結莉は鈍感だよな。

そこもたまらなく、可愛いんだけど。

「目の保養だよな。会えるアイドル的な。水泳の授業の時、見た?そこらへんのアイドルよりよっぽど‥‥皆、深瀬に釘付けだったし。」

やっぱり!こいつら皆、見たんだ。

結莉の水着姿を。

あの夏の悔しい思いが再燃した。

「お前、彼女いんのに怒られんぞ。」

友達A彼女いたんだ‥‥。

「それとこれとは別だよ。深瀬が付き合ってくれるなら、速攻別れるし。」

「お前最低だな。」

同感。最低だ友達A。

お前なんかに絶対結莉は渡さない。

結莉を見るのも 話しかけるのもやめてほしい。

最低な友人Aの顔を見てみようかと思った瞬間、スマホが鳴った。

あわててみると結莉からだった。

ーー今どこにいる?ーー

微妙なとこだよ。結莉。

ーー校門前のベンチーー

今すぐ結莉が来ても、なんとなく、気まずい。

この二人、早くバスに乗らないかな。

そう思っていると、校門から、結莉が小走りに出てきた。

同時に 駅方向に行くバスがカーブを曲がってやってきた。

結莉、走らないでいい。

俺が盗み聞きしていたことが、微妙にバレてしまう。

しかし、オーラがある結莉は、とかく目立つ。

たぶん俺に手を振ったであろうが、後ろの二人が気づいてしまった。

「あれ、深瀬じゃない?」

「ほんとだ。走ってくる。俺になんか用かな?」

違う違うちがーう。

バスが停車し、目の前で扉が開いた。

早く乗ってくれ。頼む。