それは、去年の冬のことだった。短い冬休みが明けて、少し気だるい雰囲気の中、席替えが行われた。

一つ前の席が、今でも親友のきーちゃんこと、夏川 紀伊(なつかわ きい)ちゃんで、凄く嬉しかった。

私の隣は、夏宮 愛希(かみや あいき)と言う、同じ小学校のおちゃらけた奴だった。その時は、きーちゃんがいる、ただそれだけに満足していた。
斜め前の席に座る、結弦君の存在など、気にもとめなかった。その彼の存在が、今後の私を変えていくことなど、知るよしもなかった。

新しい4人の班は、かなり楽しかった。
まず、愛希がばかなことをすると、きーちゃんがツッこみ、私と結弦君が笑う、というのが定着した。

でも、授業に集中している時は結弦君は笑ってくれない。だから、愛希がさらに受け狙いをすると、先生にバレて怒られる。なのに怒られるのは、いつも愛希ときーちゃんだけ。愛希が、どうしてあの二人には怒らないんですか?と聞くと、あの二人は真面目だから良いんだ、ときっぱり言った。何それーと思って笑うと、結弦君も笑ってくれた。

でも、二人だけ席に座ったままのあの時間が、私は嫌いではなかった。世界に二人だけが取り残されたようなあの空気は、居心地がよかった。

二人の怒られている内容に、彼と耳を傾けるあの時間が、私は好きだった。


「結弦、って良い名前だよなぁ。」

ある日、愛希が突拍子も無いことを口にした。

「出たよ。自分の名前を褒めてもらいたいから、先に人の名前を褒めるんでしょ。」

きーちゃんが瞬殺で、入り込む。でも確かに、愛希と言う名前は、あまり聞かない。

「ちげーし!本気で言ってんの!響きが良い!なぁ、今日から桜井のこと、結弦ってよんでもいいか?」

10分休みだと言うのに、なにやら勉強をしている彼を、覗きこむようにして見た。

「いいよ。・・・愛希。」

普段は夏宮君と呼んでいたはずだった。愛希は一気に浮かれた。

「じゃあ、今日からみんなも結弦な!ゆーづーるー♪」

スキップをしながら言う愛希の頭を、きーちゃんが叩くのなんて目に入らなかった。彼を下の名前で呼んでもいいという喜びに、浸っていたのだ。やはり照れくさくて、結弦君、とまでしかいかなかったが、愛希のその時の言動には、今でも感謝している。