「…奈緒ちゃん」

「…はい」



木製のベンチに2人で腰掛けて、百合さんは話し出した。



「私ね、まだ春の事が好きなの」

「……」


「…私が春と別れた理由、聞いてるよね?」

「…はい、聞いてます」


「…勝手だなって思ったよね」

「い、いえ、そんな…脅してきた人が悪いんです」



優しい口調の百合さんは、私を見てクスッと笑った。


「春と別れて3年経つけど、私の気持ちは変わらないの」

「……」

「…私には、春しかいないの。だから、私に春を返してほしいの」




鋭い刃物で刺されたように痛む心臓は、ドキドキと心拍数を上げる。


返してほしい?

意味がわからない。


「そ、そんなの、無理です」

「私の側にいてほしいのっ、もう一度、私を抱きしめて好きだと言ってほしいのっ!ねぇ、お願いっ、春を返してっ」




"春を返して"

まるで私が奪ったかのような言い方をした百合さんは、必死で私の手を握る。


苦しくて、息が出来ない。

ただ、百合さんを見つめることしか出来なくて。



「…春ははまだ、私の事を忘れてなんかいないっ!心のどこかで、まだ私を想ってるはずなの!」



そう言って泣きじゃくる百合さんは、私の手を強く握りしめた。


百合さんの、藤原先輩を好きな気持ちも、苦しい気持ちも、好きな人が自分を好きじゃない辛さも、経験した事があるから分かる。



でも、だからって藤原先輩を手放したくない。


私だって、藤原先輩が好き。

私の側にいてほしいし、ほかの誰かと一緒にいる所なんて想像したくない。