パッと身を捻って、やつの指が届くか届かないかのギリギリの距離で後ずさる。大げさなほどの大声とリアクションに、ヤツが手を伸ばしたままで固まった。

 私はそれだけ驚いた自分にも驚いて、焦るあまりに絡まった舌で何とか叫ぶ。

「なっ・・・な、何何何!?さ、さ、触らないで~っ!」

「・・・」

 指を伸ばして空中に浮かせたままで、やつがちょっとばかり目を見開いて私を見ている。

 ハッとした。・・・あら、やだ・・・。私ったら、今、つい、なんつった・・・?

 一度瞬きをして、やつが目をそらした。それから指を回収して背中を向けて歩き出してしまう。あ、あ────ちょっと、今のは酷かったわよ、私!そう思って、ワタワタと私は後を追いかけながら聞いた。

「えと・・・ごめんね、驚いちゃって!何、何か用だった?」

 ヤツはスタスタとドアへ向けて歩きながら、片手で頭をかいている。それから足を止めるとちらりと一瞬だけ私を見て言た。

「・・・睫毛」

「へっ!?」

 ま、睫毛っ!?それが何だっ!?勢い込む私に、ヤツのぼそっとした声が振ってくる。

「頬に睫毛がついてた。とろうとしただけ。風呂入るから」

「あ────、うん。ええと・・・いってらっしゃい・・・」

 ・・・睫毛。ついて、た、んだ?

 ヤツがドアを閉める。私の目の前でバタンと閉じられたその茶色のドアの表面を、じーっと見ていた。

 ・・・あの、顔。