いつの間にか 好きだった

「もう気付いてたと思うが 明日から 戸田君は本社に行く。戸田君が必ず戻って来ると言ってくれてるから しばらくは大変だと思うが このメンバーでやって行こうと思う。」



誰もが思ってるはずだ
もう戻ってこないだろう


支店長が何か言ってるけど 耳に入らない

明日から 戸田さんに会えないんだ


わかってた事だ
呪文のように何度も唱え 私とは住む世界が違うと 頭に叩き込む


戸田さんが挨拶してるのに 頭に入らない


最後なのに…
情けないなー 最後ぐらい 笑って送り出したい




帰り 一人ずつ挨拶をしてから 帰って行く


戸田さんは 最後と言う事もあって 自分の物とかを片付けていた


皆んなが居なくなった今 戸田さんと私だけだ


私は壁にもたれて 戸田さんを見ていた
最後だから 忘れないように頭に叩き込まなきゃ


戸田さんは 私がいる事に気が付いてないんだろう


片付け終わって ふと顔を上げた
やっと目が合った


「本当に行っちゃうんですね。」


眉をハの字に曲げ 困った顔をする
困らせたくないのに…


「本社でも 頑張って下さい。」


後はサヨナラ言うだけだ
もう少しの我慢だから 涙流れないで!


「必ず 戻ってくるから。」


最後まで優しい 戸田さん
嘘だって わかってても 嬉しいよ


もう声は出なかった
その代わり 頷いた


それと同時に涙が流れた









戸田さんが近付いた瞬間 唇が触れた


え?


今 キスした?
顔を上げると 切なそうな顔をする


乱暴に私の頭を撫でて


「待ってろよ。」


ニコリと笑って歩いて行った


これで 本当にサヨナラなんだ
戸田さんの背中にサヨナラを言った


ボロボロと涙が流れる


これじゃー 電車に乗れない
なんとか 歩いて帰った


一晩中泣いても 涙は枯れない
体の水分が全部出たんじゃないかってほど泣いた


仕事に行き 私の顔を見て 皆んな驚いていた
でも 誰も何も言わない



そう!それどころじゃないからだ


戸田さんが抜けた分 整備士さん達は忙しい


久しぶりに支店長が作業着に着替えた


いや 私は初めて見た
支店長になる前は 作業着を着て整備とかしてたみたいだけど 私が入社する前の話


猫の手も借りたいって こう言う時だね


私は何も出来ないから お客様の機嫌を損ねないように 対応に追われていた


「さおりちゃん あのお客様にお茶のおかわりを出して。」


「はい。」



さおりちゃんもテンパってる



あっと言う間に1日が終わった


皆んな椅子に座って ぐったりしている



一人楽しそうなのが 支店長
久しぶりに車を触れたから 嬉しいみたいだ


今日から 予約を受けた人は大丈夫だ
少し 余裕を持って予約したから


以前に予約した人は キャンセル出来ないから 今日みたいにバタバタだろう


後どれぐらい続くかな?
予約表をみると 3週間ぐらい続きそうだ


仕事が忙しい方が良い
戸田さんの事を思い出さないから



忙しい日々が落ち着いた頃には もう1か月が過ぎていた


このまま 戸田さんが薄れて行く
私にとっては良い事なのに 少し寂しい



その内 結婚報告とか ありそう


その時は 喜んで祝福してあげよう


最後のキスは どんな気持ちでしたのかは わからない


さよならのキス だったんじゃないかって思ってる


今となっては 聞く相手がいないけど…


前に進もうと思ってるんだけど まだ進めてない


さおりちゃんが心配して 合コンとか誘ってくれるけど 行く気になれない


元々 合コンは好きじゃないし



ただの言い訳なんだけど まだ 戸田さんが忘れられないから



住む世界が違うから 何も望んでない
ただ 好きだった事を 無かったことにしたくないだけ


綺麗事 並べても ただ忘れられないだけ


流石に夜は泣かなくなった


ふと考えてしまう時はあるけど それぐらい良いでしょ?



あっと言う間に月日は流れた
1年過ぎ2年目に


仕事は順調 恋はまだ…


それでも 私は前に進んでいる


戸田さんが居なくなって2年間
戸田さんの代わりは誰も入れていない


支店長は まだ戸田さんが戻って来ると思ってるのだろうか


それとも このメンバーで回って行くから 誰も入れないのか


どっちにしろ 私の仕事は変わらない


毎日 ニコニコして接客
疲れる時もあるけど 楽しくやってる


最近 支店長が嬉しそうだ


皆んな 気付いているけど 何も聞かない
今なんて 鼻歌うたってるよ


何か 良い事があったみたいだ


私達は見て見ぬふりをする
冷たい気がするけど まーいっか


カレンダーに丸印を書く
7月5日


何があるんだ?
七夕は7日だし 祭りとか?


さおりちゃんと視線で会話する


最後は二人とも 頭を傾げる


結局は わからない


ま〜5日になれば わかるかな?
5日まで あと3日だ


突然 電話をしだす 支店長
「5日 19時に16人で予約取りたいんだけど。」


16人?
一人多くない?間違えた?


それとも プライベートで予約した?


「じゃーよろしく。」


電話を切ったと同時に仕事をしだす 私達


気になるけど聞けない…


「みんな〜 5日は空けとけよ!飲みに行くぞ!」


やっぱり 仕事場で行くんだ
でも 一人多くない?


支店長の様子だと 誰かが来るって事?
誰が?


次の日 仕事って言うのも おかしい
いつも飲みに行く時は 次の日が休みの時だ


やっぱり5日に何かあるんだ




前日 掃除をしだす支店長


その行動に皆んなが驚いた


大掃除でもないのに 支店長が掃除をしている


明日は雨降るんじゃないだろうか



明日 本社の見回りでも来るのかもしれない だから掃除?


急いで立ち上がり 支店長の所へ


「かわります。」

「良いよ。良いよ。」


嬉しそうに笑う


私の読みは外れたみたいだ