「いや、あれは書類を見ていたからで……
そもそもこのホテルが広過ぎるから悪いんだ。
大体、何階建てまであるんだ……ウチのホテルは」
少し頬を赤くしてブツブツ文句を言う総支配人。

ホテルのせいにしてるし……。

他の事はクールで何でも完璧にこなす人なのに
何故だか方向音痴と言う意外なギャップを持っている。
それがまた……ちょっと似合わず可笑しい。

「フフっ……」

「何笑ってるんだ?お前……何気に俺のことを
馬鹿にしてるのか!?」

「そんなことありませんよ……」
そう言いながら、またクスクス笑う。

頬をさらに赤くして否定をしていたが
彼の人気の秘密は、もう1つある。
それは……

「あ、お疲れ様です。鈴木さん」

「お疲れ様です。支配人。
もしかして、また迷子になったんですか?」

「いえ。ちょっと視察をしていただけです。
けして途中で迷ってません」

「お疲れ様です。支配人。
また、迷子ですか?」
行き交うスタッフや常連客に挨拶をされる支配人。

総支配人は、いろんな人に慕われている。
それは、一度見た人の名前や顔を覚えているため
周りを把握してくれるからだ。
私みたいな地味なスタッフすら名前も覚えて
労いの言葉をくれる。それが周りも私も嬉しかった。