「ただいま。」
「おかえりなさい。ご飯、まだだから。」
「うん。親父は?」
「また急患だって。遅くなるみたいよ。」
「ふーん...」

やっぱりか。と心の中でつぶやく。
俺の父は医者をしている。そのせいか、自分も、将来は医者なのかな...と考えたりしてみたこともあったけど、両親は特に息子に医者になってほしいと切望しているわけではないみたいで、それを良いことに特に将来の夢も無いまま今までを過ごしてきた。

「志望校...か。」

そっとつぶやいてみる。少しだけ苦い感覚がした。

俺は、ベッドに横たわって、今日の担任の話を思い出していた。

「いいか、皆。もう昨日から二学期が始まった。これまで部活で手一杯だった人もこれからはしっかりと切り替えて、受験勉強頑張るんだぞ。...そんな、嫌そうな顔するんじゃない。高校を選ぶっていうのはな、今まで生きてきた中で初めて、自分の歩く道を自分で決めることだ。これまでは自分自身の環境...住んでる地域とか、親御さんの方針とか、そういうので自分が学べる場所っていうのを決められてきたはずだ。でもな、今回ばかりは自分自身で、自分の道を決めれるんだぞ。志望校は恋人選びって、昔からよく言うだろ?そんな感じかな。これから人生を自立して、1人で歩んでいく上で、大切な選択を迫られる時がいっぱいある。その、最初の1歩が志望校選びだぞ。まだ決まってないヤツも、焦らず、じっくり考え抜いて、決めろよ。大人に頼ってもいい。意見を聞いてみるのも、選択肢を増やしてもらうのも、全部いい。だがな、大人に流されるな。...っと、先生の話はこれまで。本当、これから大変になるぞー!覚悟しとけよ。ま、先生はこの受験勉強の期間だって楽しまないと損だと思うけどな。はい!じゃ、今日の連絡...」

...初めて、自分で自分の歩く道を決めることだ...か。
ベッドから起き上がる。
ふと、勉強机にある書類に目が止まった。

「なんだ、これ...塾のパンフレットと、手紙?」

"部活の引退から1週間か?まぁ、そろそろ落ち着いてきた頃だろう。もし、お前が自分にとって塾が必要だと思うのなら、ここに行くことを勧める。1度、考えてみてくれ。"

文字を変に縦長にしたような特徴ある筆跡。親父からだ。

考えるより先に体が動いた。気づいたときにはパンフレットを凝視していた。
一葉塾...?
こんな塾は今まで聞いたことがない。
これまで、自分が塾に行くなんて想像したことも無かったが...そうか、俺も受験生なんだな。
まぁ、親父がそう言うならこの塾に行けばいいんだろう。正直言って、俺はそれなりの学力はあると自負している。だから塾に行かなくても高校受験くらいまぁなんとかなると思っていたのだが...親父が何かを勧めるなんて珍しい。
久々に好奇心が疼いた。