-1週間後-

「東、お前、志望校決めた?」

学校からの帰り、俺は山田と河川敷を歩いていた。もう9月に入ろうとしているのに、夏特有のジリジリとした暑さは、音もなく体に染み込んでいく。残暑とかなんだとかよく聞くけど、そんなんじゃない。もっと、鬱陶しくて、重たくて、少しの切なさを運んでくるような、そんな空気が流れていた。
バスケ部で一緒だった山田と2人で帰るのは珍しいことではない。
むしろ、副キャプテンの山田とキャプテンの俺が、部活の流れでそのままバスケについて喋りながら帰るのは、ごくごく自然なことだった。
部活を辞めてからもそれは変わっていない。
そして...いつもこうだ。こうやって、山田は俺の痛い所をちょうどついてくる。

「うん。まぁ。」
「どこ行くんだ?」
「本北かな。」
「えっ?...嘘だろ?ってか、東がそんなとこ受けるなんて言ったら担任が許さねぇぞ。」
「なんで?」
「お前、もっと上行けるじゃん。本北は確か...バスケ部もないし...」
「良いんだよ。もう。お前も一緒に出たから分かるだろ?...引退試合。あの敵の最後のポイント、あれは完全に俺のせいだよ。」
「だからバスケ辞めるって言うのか!?誰もそんなこと思ってねぇよ!...なんだよ、それ...」
「いや、あの時な、俺、思ったんだ。もう俺の中学での青春は終わっちゃったんだなーってさ。自分でも何言ってんだろって思うけど...山田もちょっとは俺の言ってること分かるだろ?」
「まぁ...でも...それと志望校は関係ねぇじゃん。お前が一生懸命じゃないの、なんかすげー珍しくて、ここ最近気持ち悪ぃよ。」
「ハハっなんだそれ。」

そうだ、何を言ってるんだ?山田は。
俺はいつも、一生懸命だったのか...?
いや、違う。
全部、心のどっかで諦めてからのスタートだった。出来ないって決めつけてからだと、失敗だってそんなに痛くないんだ。
皆に一生懸命と言われるのは、「一生懸命やってる自分」を演じてきたから。
ごめんな、山田。俺はお前の思ってるような奴じゃない。人の目ばっか気になって、自分を演じて、偽って、生きてきた奴なんだ。
そう、だから、バスケの引退試合だって、勝てるはずの相手に最後の最後に逆点されたりすんだよ。これが...中途半端にやってきたツケなのかもしれないな。

「お前さ、後悔すんなよ。」
「なんだよ、急に。」
「お前が部活をずっと頑張ってきたことは、副キャプの俺が1番分かってるつもりだ。だからこそ、お前なら勉強だって頑張れるって思うんだよ。...ほら、前さ、言ってたじゃん、いつか常磐に行きたい...って。常磐ならバスケも強豪だし、勉強だって」
「はいはい、もういいから。ありがとな。俺のことばっか心配して、お前は大丈夫なのか?」

そして、俺はいつもこうやって、山田がぶつけてくる目の前の問題を、うやむやにする。はぐらかす。
山田が俺のことを考えてくれているのは、痛いほど分かる。本当は、そうだな、じゃあ常磐目指してみようかな…とか言っておけば、済む話なんだろう。それで後から、頑張ってみたけどやっぱ無理そうだわって落ち込んだフリして慰めてもらえば良いんだろう。でも、俺もそこまでは落ちぶれてないんだ。山田の思いが的確で痛いほど、山田はいいやつだなって心から思う。俺にはもったいないくらい、良い友達だって。だから、嘘だけはついちゃダメだなって思ってはいるんだ。こんな俺だけど。
それで、いつものように俺は中途半端に返事して、かわして、無かったことみたいにする。...嘘つくのと同じくらい、最低だってことは分かってるつもりだ。でも、じゃあ、どうやって返事すればいい?...できない約束をどうやってすればいい?俺は、分からない。
そうだよ。やっぱ、何も変わんないじゃないか。部活辞めても、何も。

あぁ、重い。体が重い。じわじわと追い詰められていくように、暑い。
俺は...俺の未来が見えない。
1歩の踏み出し方が分からない。