「ったく、しょうがねえな」
言いつつ、鼻をつままれた。息が出来ず口を開けば、パンが押し込まれる。吐き出そうにも、口を塞がれた。鼻をつままれたままで。
窒息死寸前、パンを飲み込めば解放される。
ぜーはーと息をすれば、また同じことをされた。
私の食事風景がこれだ。
「毎回さ、苦しい思いするって学習したんなら、自分で食えばいいだろう?めんどくせえ。俺はお前を苦しめたくねえんだからよ」
「ならば、こんなことしないで下さい」
「そしたら死ぬだろ?それはもっとイヤなんだよ」
リンゴを丸かじりする男。人間の首でも噛み千切れるかのような歯をしていたが、その口でしたのは私の口に食事を入れることだった。
横暴な行動に似合わない愛撫。
口付け混じりの食事。
「最悪」
と、私の気持ちを代弁するかのように男は言う。勝手に口付けしておいて、あらかた舌で弄んだ上での発言には、身勝手なを付け加えたくなる。
「喜べよ」
「好きでもない人に口付けされましても」
「好きな奴にそんな反応されると傷つくんだよ。ちっ」
「でしたら、やらなければいいのに」
「好きな奴とやりたくなんのが男だってーの。プラトニックなんてガラじゃねえし。ーーいや、でも、ほんと最悪。ムカつく」
むにーっと、頬を引き伸ばされた。
痛くはないが屈辱的だ。もっとも、男の腕力ならば、私の頬肉を引きちぎれるだろうに。ムカつくと言いつつ、そこもまた愛嬌と恋愛補正脳で捉えられたか、私の頬をもてあそぶ男は何だか楽しそうだった。
「素直になりゃあいいのに」
「いつだって素直です。いっそ、愛さなきゃ殺してやると脅したらどうです?」
「脅しになんねーじゃん。お前、死にたがっているのに。まあ、生きながらにしての拷問脅しに言うこと聞かせることも出来るけどさぁ。さっきも言った通りにお前を苦しませたくねえから、そっちもナシナシ。とりあえず今は、生き長らえとけよ」
パンを差し出される。
食べるのを拒否すれば、また窒息死気分を味わうのか。拷問で脅すやり方の効率性は、男も私も実感しているだろうに。それを私が生きるためだけにしか使わないなんて、酷く歪んでいる気がした。
男が舌打ちしたので、嫌々食べておく。
私が自分から食べたことを、男は喜んでいた。猫が餌に食いついたと言わんばかりに、楽しそう。
「どうだ?うまいだろう?ほら食え食え。肉と魚もあるぞ」
それらすらも手づかみとはいかがなものか。ちょっとした気遣いで皿に乗せられてはいるが、残飯のごときグチャグチャさだ。甘い果物を一緒にしないことだけでも誉めるべきか。
パンのみで満腹だと伝えれば、途端に不服になるが。私が自ら食べたことに及第点を上げたらしく、無理強いはなくなった。
男もまた食事をする。
人をよく殺す手で、食事をする。
「食事も殺人も、あなたにとっては同じことなのでしょうね」
「まあな。とりあえず、手に届く範囲のやつは片っ端からむさぼるから」
「私は?」
「しねえよ。好きだから」
「殺人鬼が言うと、酷く陳腐に聞こえます」
「人に好きだの何だの言うのはお前が初めてだってーの。陳腐じゃねえよ。一生に一度もんの言葉」
なのにお前ときたらと、グチグチブツブツと怒りと拗ねを交えて男は言う。
「不思議です」
「恋は魔法なんだってよ。殺しついでに入った家の本に書いてあった」
何が起きるか分からず、何が起きてもおかしくない。確かに現状を見れば、恋は魔法なのかもしれない。その魔法にかかっていない私は、ただただ不思議で不愉快でしかないが。
「私が人を殺さないでと言えば、あなたは聞いてくれるので」
ピタリと、男の食事が止まる。
やがて頭をかきつつ、『あー』とめんどくさそうに答えた。
「それ、言っちゃう?」
「聞いてくれるならば」
「やめてくれって、聞きそうになるから本当に嫌だ」
「薄っぺらい理由で殺しをしているなら、やめた方が良いのでは?」
「ペラくねえよ!分厚いんだよ!でも、お前の頼みならその厚いのが萎んじまいそうで……あ゛ー、最悪。恋ってこんなになっちまうのかよ。あー、あー、ヤダヤダ。なのにやめたくねえって、より最悪じゃねえか。最高のくせにさぁ」
男が言うところの『分厚い』理由が気になった。悩み続ける男に、素直に聞いてみる。