「あ…やば。もうすぐ8時だ。」
あらかじめクローゼットにかけておいた黒のワンピースを焦って着る。身につけた小さなダイヤモンドは、初めてのデートで倉科から貰ったものだ。ヘアスタイルも整えたいところだが、なにせ時間が無い。
「ちょっと凛音!もう8時だけどいいの?」
「今から行く!」
慌ててバックを手に取り、玄関から飛び出す。後ろで母が何か言っていた気もするが、振り向く時間も惜しい。凛音と倉科の関係上、親にバレたらまずいので、家まで迎えに来てもらうわけにもいかない。いつも2人の集合場所は近くのコンビニ。コンビニまでは走っても5分以上かかる。ワンピースにハイヒールで走ってるのはなんとも滑稽だ。踵が痛く、靴擦れを起こしそうになる。
「おい、そんな走んなくていいから。」
コンビニへの道中で聞こえたのは、間違えなく倉科の声だった。
「だって、遅刻。」
「そんな靴で走って怪我される方が困るわ。早く乗んな。」
 道路の端に停められた黒の車の助手席に乗り込む。
「どこ行きたい?」
「パスタ食べたい。」
「パスタねぇ。」
車内はほとんど無言のまま。たまに倉科が、流れているラジオに突っ込みを入れているが、凛音はそれをいつも無視している。お腹が空いている時の凛音は省エネモードに入り、口数が少なくなるのだ。