奏の家に戻っても誰も『おかえり』と言ってはくれなかった。


リビングからはテレビの音を笑い声が聞こえて来る。


あたしはそのまま奏の部屋に向かう。


部屋で1人になってベッドに腰を掛けると、急に緊張が溶けて行く。


今日1日奏として過ごしていたことで、随分と疲れてしまった。


あたしは奏のスマホを取り出して明さんのアドレスを消去した。


あたしが両親のサイフから盗んだお金はあんな頭の悪そうな男の手に渡っていた。


そう知った瞬間、突如としてバカらしくなった。


奏はあの男のために自分のお金も随分とつぎ込んだのだろう。


お金がないと知った時の明さんの顔を思い出すと、気持ちが悪くなってくる。


あんな男のどこがいいんだろう?


多少話術に長けているだけのフリーターじゃないか。


中学生の子供にお金をたかるなんてダサすぎる。


あたしは奏の事が少しだけかわいそうに思えてきていた。


あんな男を本気で好きになるなんて、結局奏も子供なのだ。


少し悪ぶった人に憧れる時期は誰にでもある。


「奏はこんな自分が嫌で仕方ないんじゃないの?」


あたしは1人でそう呟いてみた。


どこからか返事が来ないかと待ち構えていたけれど、奏の声は聞こえて来ない。