「ありがとうね…また、来てあげてね」

そんな母の声を聞きながら、香織はとりあえず思いがけないドキドキから解放されたことに安心し、ほっとしていた。

壁も天井も床も白で統一された病室は再び静かになった。
この頃、すっかり日が短くなってしまって、ベッドの香織の左側にある窓の外はすっかり暗くなり始めていた。
その反対側には今日もP15がいる。彼は無言のままだ。

「なかなかのイケメンだったよね…道原くんっていったかな?」

そんな母の言葉に

「そ…そうかな…」

なぜか香織は気恥ずかしさを感じていた。道原がかっこいいと褒められていることが自分のことのように嬉しくて、そんな感情に戸惑っていた。

「香織、道原くんのこと好きなんでしょ?」

「…!!」

途端に赤くなり、動揺してしまった香織の表情は、それを肯定していた。

「じゃあ、早く退院して、また学校行けるようになんなきゃね」

香織と母がそんな会話をしているところへ仕事帰りの父も彼女の見舞いに訪れた。

「あ!お父さん、今日は早いんだね」

「ああ、今日は早めに会社が終わったんだ。友達がお見舞いに来てくれてたんだって?」

「うん。久しぶりにいっぱい話したよ」

「そうか、良かったな。体調はどうだ?」

「変わりないよ」

でも、それは何気ないが、ぎこちない会話だった。香織は父親と話すのが、なんとなく苦手だった。
いつも仕事の忙しい人で物心ついてからも、あまりじっくりと話をした記憶はなかった。
でもずいぶん可愛がってくれて、彼女が小さかった頃はたくさん遊んでくれたことは残されている写真と、かすかな記憶でわかる。

幼い頃から病院で過ごすことが多かった香織にも、父は忙しい仕事の合間をぬって頻繁に会いに来てくれていた。
でもこの病室に移ってからは、さらにその頻度は増し、ほとんど毎日のように彼は彼女の顔を見に訪れている。

そんなことからも香織は自分の病気が良くないことを感じ取っていた。