……簡単なことじゃない。
私が降りる学校の最寄り駅は、自転車通学である柊くんの登校コースから外れているのに。バスケ部の朝練がない日はいつも遅刻ギリギリなのに。
付き合っているならまだしも……びっくりさせたかった、って。柊くんが私を駅で待っていてくれたことは、簡単にできることじゃない。
柊くんの一挙一動からダイレクトに想いが伝わってきて、胸がぎゅうぎゅう締め付けられる。
差し出されたままの手を取りたいって思う。柊くんの提案に全部YESで答えてみたいって思う。
でも、でも……他の生徒もいる中で、付き合ってもないのに、手を繋ぐなんて……!
「ごめん、早まった!」
下ろしていた瞼を、そろりと持ち上げる。
「なしだよな! ごめん、調子乗ったわっ」
がしがしと頭を掻く柊くんは「あ~何やってんだ俺」とぼやき、後悔しているようだった。だけど気まずい素振りなんか見せずに、再びしゃんとして向き合ってくれるんだ。私なんかよりずっと早く、たくましく。
だから……ね、柊くん。
私、実はちょっとだけ、置いてけぼりな気分なんです。
「行こ。遅刻したらやばいしっ」
今度は先に1歩進んだ柊くんの笑顔に、「うん」と返した。
隣は歩けそうにない。そう、密かに感じながら。