時刻は八時、彩乃にとっては普段通りの登校時間だが、部活の無い日にこの時間学校に来ている生徒はまだ少ない。
中学の周りにはぐるりと桜の木が植えられ、校門の所にまで花びらが舞い踊っている。
(あれ、珍しいな、誰か来てる)
校舎へ向かって歩いている途中、先客の姿を見て彩乃は手に持っていた鞄を落としその場で立ち尽くしてしまった。
「・・と・・う・・さ・・」
校舎の周りに植えられた桜の下、そこに立っていた少年は母が見せてくれた写真に写っている父と瓜二つだった。
まるで一枚の絵画の様に、とても綺麗でしっくりとくる光景だ。
少年は彩乃に気付くと近付く。
「俺、子供いないけど」
彩乃はハッとして、頭を下げると訝しげな顔をした少年の所から走り去った。
校内へと向かって走っている途中、彩乃は考える。
何言ってるんだろ私、父さんはもういないのに、さっきの人は他人なのに。
普段冷静な彩乃には考えられない程に動揺してしまい、それを払拭しようとするも先程の少年の顔が頭から離れない。
「あれ?さっきの子?」
後ろから聞こえた声にビクッと反応し、振り返るとそこには彼が立っている。
「二年A組ってここだよね?俺、今年転校してきた醒ヶ井 渉、よろしくね」
当然の事ではあるが話に聞いていた父とは違う少し軽そうな少年は、屈託の無い笑顔で手を伸ばした。
「斑目 彩乃です、さっきはごめんなさい」
彩乃は握手を交わすと先程の事を謝罪する。
「斑目さんね、親父さんそんなに俺に似てんの?一回会ってみたいな」
醒ヶ井の言葉に胸がズキンと痛むのを感じてしまう彩乃は、少し暗い表情を浮かべる。
「ところでさ、この辺りって皆何処で買い物したり遊んだりしてるの?引っ越して来たばっかで分かんなくて」
それを察知したのか醒ヶ井は違う話題に切り替える。
「うーん、私そんなに遊びに行く方じゃないからなぁ・・ごめんね詳しくなくて」
軽く雑談を交わしていると、恐らく担任になるのであろう鹿野先生が醒ヶ井を呼びにきて連れていった。