「おはよう母さん」

小鳥の囀りが聞こえてくる早朝、少女は朝食を作り母を起こす。

「うう・・頭痛い・・」

布団の中で蠢いている母の姿は、深酒をして帰ってきた翌日にはよくある光景だった。

「ほら、早く起きないと遅刻するよ」

声を掛けるだけでは起きない事を知っている少女は容赦なく布団を剥ぎ取った。

「うう・・ごめん、おはよう彩乃」

頭を押さえながらフラフラと起き上がる母の姿を見て、彩乃は軽く溜め息をついた。

「酔い醒まし出してあるから、顔洗ってご飯食べなよ」

「・・・はい」

どちらが親なのかと聞きたくなる所であるが、彩乃は女で一つで自分をここまで育ててくれた母親に感謝していた。
確かに子供っぽい所もあるが、それも含めて良い母親なのだ。

リビングへ来た母親は、テーブルに置いてある酔い醒ましを一気に飲むと苦々しい表情をしている。

「うう・・まずい・・」

そして並べてある朝食を見て、手を併せてお味噌汁に口をつける。

「いつもごめんね彩乃、けどまた腕上げたんじゃない?もう私よりもよっぽど達者だよ」

「あはは、じゃあいつでもお嫁にいけるね」

「むう、私が寂しいからお婿にしてよ」

穏やかな日常、何処か子供っぽい所のある母としっかり者の娘の朝食風景。

「しかし早いもんだね、彩乃ももう中学二年生か・・少し前までハイハイしてたと思ってたら」

母は感慨深そうに彩乃の顔を眺めている。

「母さんも歳をとった訳だね」

その言葉に少し膨れた顔をする母。

「・・・気持ちは二十歳だよ」

今日は中学の始業式、彩乃は母を送り出すと制服に着替えて桜並木道を歩いて学校へと向かう。
春の少しだけ冷たい風に吹かれ、辺りには桜の花びらが舞っている。

(そう言えば、母さんが父さんと始めて出会ったのは桜の木の下だって言ってたっけ)

母の話してくれた父の話を思い出し、彩乃は感傷に浸りながら学校へと向かう。