天正5年。
わたくしは、父…浅井長政が、
小谷城で自刃され、
小谷城が落城して後、
母であるお市の方と、
二人の妹…初、江とともに、
清洲のお城で、伯父である
織田信長公の庇護のもと、
同じく伯父である、
織田信包公に保護され、
過ごしておりました。

「母上、ご覧くださいませ。
庭の紫陽花が、美しゅうございます。」

わたくしが、庭が良く見える
廊下の近くにて、庭に咲く紫陽花の
美しさを、母上にお伝えしましたら、
母上も、ちらりと庭をご覧になり、

「まことに、色とりどりで見事なことです。
ですが茶々、庭を眺めるのも良いですが、
あまり表に出てはなりませぬ。
近々、兄上が家臣を連れ、
この清洲のお城に参られます。
殿方に顔を見られでもして、
見初められたら、どうします。」

と、わたくしを
嗜められました。

「申し訳ございません、母上。
以後、気をつけまする。」

わたくしが、母上に
嗜められた恥ずかしさに、
うつむき、室内に戻ると
母上は、わたくしや、
初、江を呼び寄せ、
わたくしたちの顔や額、
髪を優しく撫で、

「茶々、初、江。
そなたたちは、
長政さまと
わたくしの間に
生まれし、大切な姫。
つまらない殿方に
見初められるようなこと、
あってはなりませぬ。

そなたたちは、いずれ
兄上の思し召しにより、
織田家の為、兄上が選ばれし、
殿方のもとに
嫁ぐことになりましょう。

兄上は、わたくしの
愛しき夫、長政さまの
憎き仇ではありますが、
わたくしにとっては、
血の繋がった兄で、
織田家は、わたくしが
生まれ育った家です。

わたくしは、姉川の戦のおり、
一度、夫と婚家のため、
兄と織田家を裏切りましたが、
やはり、織田家も兄上も、
大事なのです。それゆえ、
織田家の為、そなたたちには、
わたくし同様、政略結婚の
道具になるという重荷を
背負わすことになりましょう。

…ですがそれは、織田家の為だけでなく、
浅井の…長政さまのご無念を
お晴らしすることにもなるのです。
ですから、そなたたちは、
つまらぬ殿方に見初められることは、
あってはならぬのです。
良いですね?」

と、おっしゃいました。

わたくしたちは、
黙って頷き、
母上の手の温もりを、
ただ、感じておりました。