ドクンドクンと鼓動が早くなった。心なしか頭も痛い。


「…朱里…」

私の前にいるのは華奈と……そして大ちゃん。

そうだよね。ここは大学からもそんなに遠くない。それにこの2人は甘いものが好きで、お店もお気に入り。来たっておかしい話じゃない。


だけど…今日、この時間に来なくてもいいじゃん。


心の中でそんな文句を唱えれば、何か悟ったのか石川くんが私の手を握った。

「ほら。行くよ…朱里」

そしてそのまま2人の前から連れ去ってくれる。


「うん。石川くん…」


ふわりと香った華奈の匂い。
ケーキと同じくらい甘くて、その横にいる大ちゃんがどんな顔してるかなんて直視できなかった。









お店を出た後も動揺が隠せない。

デートとかもしちゃってるんだ…
まぁお揃いのキーホルダーとかつけちゃうくらいだもんね。デートくらいするよね。



少し離れたところで、石川くんと手を繋ぎっぱなしだということに気づき

「あ、ごめんなさい。ありがとう」

と引っ込めた。



「さっきのが噂の元彼?」

「あ、そ、そう」

「それでその横にいた女の子が友達だったはずの浮気相手?」

「…よくわかったね…」


流石は石川くんと言いたいところだけど、いまの私にその元気はない。


「あんなに幸せそうだった顔が一瞬で曇ったからね。」


スッと頬に触れられて、彼の方に顔を上げた。
だけどその手はすぐに離れる。


心配かけちゃってるなこれ。



「……だ、大丈夫だよ。泣いてない」

「……うん」

「ただ馬鹿だなって思ったの。あんなひどいことされたのに、傷付くのは未練がある証拠でしょ?怒りより先に悲しみが来るなんてどうかしてる」


あははと笑っては見たけれど、精神的ダメージがかなり残ってた。


優しかったのは幻想だ……彼女の親友と浮気した上、言い訳も無しに暴言浴びせてくる最低男だよ。おまけに開き直って乗り換えてる


そんな男を想ってまだ胸が苦しいだなんて、ほんとに馬鹿げてた。


「やっぱり恋なんて無駄なものだよね。」


落ち込んでる私を見て、石川くんははっきりとそう言い放つ。


「……え?どうして?」

「……永遠の愛なんて馬鹿らしいと思わない?付き合ってすぐに運命の人だなんて頭がおかしいよ。結局は裏切って、自分の欲に負けて異性と身体を重ねる。時間の無駄だと思うな…感情もなしに欲を満たす方がよっぽど賢いよ。」


いつもは師匠が正しい。だけど今回ばかりは違うと思ってしまった。


「ほんとにくだらない。」

「そんなことないよ」


彼が言った言葉に対して、ついついかぶせ気味にそんなことを言ってしまう。


悲しんでいたけれど、ここは譲っちゃいけない。恋をしたことのない師匠に誤解を与えちゃいけない。



「恋って辛いことがあるとついつい忘れてしまいがちだけど、幸せなことのほうが多いんだよ」

「……幸せなこと?」

「手を繋いだだけで嬉しくなったり、一緒にいただけで楽しかったり……。浮気されてほんとに悔しいけどその時感じたその思いは絶対幻想なんかじゃないもん」


思い出すのは大ちゃんと過ごした日々。終わり方は本当に最悪だったけれど、楽しくて幸せだった日も間違いなくあった。決して全てが時間の無駄というわけではない。


いっぱい笑顔だってもらったもの。



「……朱里の言ってること俺にはわからない。裏切られたのにどうしてそんなことが言えるの??いつか必ず終わりがくるよ。永遠なんてないんだよ。」

「そりゃ永遠なんて待ってても手に入らないよ。それは付き合って2人で作っていくものでしょ」


私が笑顔でそう言うと石川くんは目を見開いて、不思議そうな表情を浮かべた。


「作る?」

「そうだよ。こんなにたくさんの人の中から、出会えて恋して付き合えるだけで奇跡なの。それなのに何もしないで永遠なんて手に入れられる筈ないよ。歩みあって、支え合って、この人とずっと一緒に過ごしたいって思うように努力しないと。」



大ちゃんとはずっと一緒にいたいと思える相手じゃなかったんだ。お互いに。ただそれだけ。


「不感症を治したいのは…堂々と次の恋をして心から幸せになれるそんな相手を見つけたいからなの。その人と今度こそ永遠を作っていきたいしね。そしたら大ちゃんのこと見返せるでしょ?」

「……こんな風に裏切られても、また恋をするってこと?」

「うん!恋をすることは何回でもできるんだもん!!いっぱい泣いて傷付いたって、最後は絶対幸せになってやるの!だからくだらないなんて言っちゃダメだよ。師匠」


いま悲しくて辛いのは、楽しいことがあったからこそ。好きという気持ちがあったからこそ。

そんな気持ちが石川くんにも伝わればいいのにと思う。



だってこんなにイケメンで優しくて素敵な人なんだもの。絶対いつかいい人が現れるはず。



「朱里。」

「ん?どうかした?」

「君って…ほんと俺を驚かせてばかりだよ」


私を真っ直ぐ見つめた石川くんはそんなことを言って考え込んでいた。