「あ、藤宮!テストどうだった?」

こいつは、江崎直人。
何故か最近私によく話しかけてくる。

「いつも通りだよ」

言葉は楓と同じだが、その意味はまるで違う。

「いつも通り赤点か?お前も飽きねえな」

はははと笑いながらそう言う直人の瞳には、悪意など欠片も感じられない。

私には分かる。

直人は、他人を全て自分と同列に扱うことが出来る特別な人間だ。

先生にタメ口を使って叱られることもある。

先輩に生意気だと目をつけられることもある。

しかし私は、直人のこの格差意識の無さは素晴らしい才能だと思う。

私のようなダメ人間が、直人のこの笑顔に何度救われたことか。

この特別な感情を恋だと言う人もいるだろう。

確かにそうかもしれない。

だが、私がそれを認めたところでどうなるのか。

恋をしていると認識したところで、急激にやる気が出る訳でも、諦めがつくわけでもないだろう。

つまり、私はそういう人間なのだ。

直人は私とは違い過ぎる。

勉強も容姿も底辺で、絵が上手いだとか、楽器が演奏できるだとか、そういった突出した能力もない。

そんな私が、クラスの王子様に恋をして叶う筈も無い。

「どうしたんだよ、急に黙り込んで。
そんなにヤバかったのか?」

「いつも通りで十分悪いでしょ。あと...なんでもない」

言いかけた言葉は、すぐに喉の奥へと引っ込んでしまった。

この気持ちは、もう暫く閉まっておこう。

この笑顔を、私が正面から見られるようになったら、その時は...。