「それで、話でもしたの?」

マスターは冷静だ。

「んー、してないー。緊張しちゃってさー。次は絶対話しかけるよ」

「はい、オレンジ」

表情を変えずに差し出されるドリンク。

ジュースを飲みながら優宇は話を続けた。

「絶対、この辺りに住んでるって思うの。大学生ぐらいだから、同じ大学だと思うんだよね」

手を握りしめ語り続ける。

「直人(なおひと)を」


そう遠くない日に出会いはやってきた。

それは優宇が買い物のために街を歩いている時だった。

ショーウィンドウの中の小物を見ているときに、反対方向から歩いてくるカップルが映った。

「直人(なおひと)!」

優宇に直人(なおひと)と呼ばれた人はふり向くことはなかった。

呼ばれた名前は宙に消えていく。

優宇が背中を見つめていると、その左手が小柄な女性とつながっているのが見えた。

目をこらすと、彼女の左手に輝く指輪が見えた。


指輪を確認した優宇は、ゆっくりとデート中のカップルに近づいて行った。


「あの」

すこしためらいがちに話しかける。


「何すか、アンタ」


警戒心をあらわにする男。


「私は、市原優宇(いちはらゆう)」


「は?」

「あなたの前世の名前は『直人(なおひと)』、今生で私と結婚する運命なの」

「ちょっと、直くん、この人変」

直人(なおと)の陰に隠れていた彼女が顔だけを出して言った。

「直人(なおひと)って誰か知りませんから。私たちデート中なんです。名前だって直人(なおと)なんです。似てるけど違うんですから、どっか行ってください」

優宇はそこまで聞いて、にっこりと笑った。

「そうなんですね、ごめんなさい」

話を聞いてもらうため、優宇は直人(なおと)一人の時に話をしようと思い直した。

「楽しいデートをね」

こうして2人の再会は無事果たされたのだった。