花梨の言う通りだ。

私にとっては“こんな事”でも、葉山にとってはそうじゃないのかもしれない。

そもそも私がなんで怒ってるのか、すぐに聞いておけばもっと早く解決してた。

文面からヒシヒシ伝わるほど、葉山を怒らせることはなかったんだよね……


「葉山来たよ」


花梨が私の耳元でコソッと言う。

すぐに花梨の視線の先を辿ると、葉山がズボンに手を入れて歩いてくるのが見えた。


ドキッと跳ね上がる心臓。

今は朝練前の早朝。
昇降口には私と花梨だけで、校舎内はまだしんっと静まり返っている。

今なら誰もいない。
謝って、細井とのことも誤解を解くチャンスだ。


ゴクリと唾を飲む。

一歩、また一歩。
葉山の方へ震える足を動かした。


「は、葉山っ!」

「綾音…?」


葉山が私に気付くと目を見開いた。
そして、すぐに気まずそうに視線を逸らし、「何?」と低い声で言った。


やっぱり、相当不機嫌だ。
早く誤解だって……言わなきゃ。

でも、最初の一言が出てこない。

私…視線を逸らされてかなりショックを受けてる。


「あ、あのね…」


なんとか声を絞り出しても震えて弱々しい。
緊張と不安で心臓が口から出そうだ…

たった数秒の沈黙が重い。

もういい!葉山に誤解されるぐらいなら、口から心臓が出た方がマシだ!


ヒュッと思いっきり空気を吸い込む。
目を強く閉じて数秒息を止めると、全て吐き出すように捲し立てた。


「細井とはただ同じクラスなだけで特別仲が良いとかそんなんじゃないのっ!」


私が言い切ると、再び訪れた静寂にまたもや不安になる。

葉山の顔を見るのが怖くて、目を瞑ったまま葉山の生み出す音に全神経を集中させる。

微かな足音、呼吸、髪を掻く音。

全てにビクッと反応してしまう。