細井が投げたボールが大きく逸れて遠くに転がっていく。

走って追いかけると、ボールは誰かの足にコツンと当たって止まった。


「すみませ……っ!」


顔を上げながら言うと、拾ってくれた人の顔を見た途端に私の時間はピタッと停止した。

ボールを拾い上げ手の中でくるくるっと軽く回す葉山。

「ほら」と言って私にふわり投げると、それはゆっくりと私の胸元に落ちた。


「あ…りがと……」


声が上擦る。

最近、慣れたと思ったのにやっぱり面と向かって話すのは緊張する。

一瞬でカァッと顔中が熱くなって、妙に恥ずかしい。


「球技大会の練習?」

「うん……そう、です」


ぎこちない敬語に、葉山はククッと笑った。


「綾音緊張し過ぎ」


私にだけ伝わるようにそう唇を動かす葉山に、胸がきゅうぅんと締め付けられた。


ヤバい、幸せ過ぎるっ!

久しぶりの名前呼び。
しかも葉山の極上の笑顔付き!


どこかの誰かさんに呼ばれるのとは天と地ほど違う。

大袈裟だけど、自分が綾音って名前で良かったとさえ思えちゃう破壊力!


はあぁぁ〜、やっぱ好き。

ドキドキし過ぎて頭がおかしくなりそう……



「部長!ボールありがとうございます」


時間を忘れ幸せを噛み締めていると、後ろから細井の大きくて邪魔な声が聞こえて現実に引き戻された。


「綾音。早くしろよ、時間なくなるぞ」


細井のやつぅ〜っ‼︎‼︎

空気読めなさ過ぎ!わざと邪魔してんじゃないの⁈


………でも、仕方がない。

今はクラスの皆を待たせてる。

話す機会はいつでもあるんだ。
もう少し人が少ない時にしよう。


「葉山先輩、じゃあ……っ」


じゃあまた、と最後に声を掛けようと葉山を見た途端、私は言葉を失った。


普段のキラキラ煌めく瞳じゃない。

葉山は鋭く威圧感がある瞳で、私の後ろをジッと見据えている。

それが私に向けられてるわけじゃないのに。
あまりの凄みに気を呑まれてしまった。