「ちょっと足りないけど、夜中にまた食べるから大丈夫。」
「夜食だなんて不健康ですよ。」
きっと持ち帰りの仕事で夜中まで頑張っているんだろうけど、
夜食食べるくらいなら今多めに食べればいいのに。
「分かっているけれど、この時間にたくさん食べたところでまた寝る前にお腹空いちゃうからさ。」
先生と雑談をしながらうどんを食べていると、
いつの間に先生は食べ終わっていることに気付いた。
「先生、食べ終わったなら帰って大丈夫ですよ。」
私はまだ3分の1くらい残っている。
「いいよ、気にしないで。
もう少し長居したい気分だから。」
先生は水を一口飲むなり、そう口にする。
……今の一言の真相は分からないけれど、
もしそれが私といたいという意味だったらいいなと思いながらうどんをすする。
私もうどん食べ終わり、先生と共に店を出て駅の方向に向かった。
「寒いなー外。今日雪降るかもとか言ってたよな。」
「そうなんですか!?」
確かに今シーズン一番って言っていいほど今日は寒い。
「それも降ったら結構積もるって。お前この年で雪だるまとか作るなよ?」
「いや、作りたいですよ!楽しいじゃないですか。」
先生にからかわれたの久しぶりだ。
告白する前くらいから少しぎくしゃくしていたから、この感じが懐かしく感じる。
「新沼らしいな。」
目をくしゃっと細めながら私のことを見る。
……ずるいよ、先生。
私の気持ち知っておきながら、そんな笑顔見せるだなんて。
それに、先生の歩く速度がゆっくりなのも実は気付いてしまっている。
このやるせない気持ちに耐えられなくて、私は先生に少し反抗をする。
「いてっ、ちょ何するんだよ。」
先生の脇腹に肘アタックしてみた。
「ちょっとからかってみただけです。いつもやられっぱなしなんで。」
しれっと言い放つ。
「お前なあ、びっくりするからやめなさい。」
「いいじゃないですか、たまには。」
「たまにはって…。まあチョコでもくれたら許すけど。
君、バレンタインデーに何もくれなかったじゃん。」
そう。
フラれた相手にチョコ渡すのもと思って、瀬名先生にはあげなかったのだ。
……にしても、なぜ今この話題を。
「私からチョコほしいんですか。フった癖に。」
「フった癖にって、可愛げないなあ。」
先生が私のことからかうからこんな態度になるのに。
私だってそりゃあ好きな人の前くらい甘えたいけど、
そんな余地を与えようとしないし。
「先生こそ気まずくないんですか。
フった人からチョコもらって愛情表現されたって迷惑がるでしょ、普通。」
「………まあ好きでもない相手に本命チョコもらったって嬉しくないけど。」
え、どういうこと。
それってまるで────
「なーんてな!
別に好きじゃない人でも大好きな生徒から貰えれば嬉しいから、
ほら、安心してチョコ渡しな。」
先生は作り笑いを見せ、2,3歩前へ進む。
「俺、残ってる仕事やらなくちゃいけないから先行くな。じゃ。」
いつの間にか先生は数メートルも先を歩いていた。
……何だあれ。
結局冗談ってこと?
それに、確実に一線を引かれた。
一度フラれているから分かっているのに。
重々分かっているのに、少し近付けただけですぐ期待してしまう。
雪の降りそうなくらいの寒々しい気温が、余計に私の心を凍らせる。
それからというもの、特に何もなくあっという間にテストを終え、
みんな解放的な気分になっている。
だけど私だけは違かった。
「今日で最後か……。」
テスト週間が終わりテストも返却され、ついに1年最後の生物の授業。
もう瀬名先生に教わることはないんだなと思うと、寂しい気持ちになる。
……とは言いつつ、この間の件で心にしこりを残したままなので、
いっそのこと先生と離れた方が楽になれるのかもしれないと思っている自分もいる。
「確か今日生物室だよね、実験するって言ってたから。」
「うん。」
舞にはまだ一連のことは伝えていない。
別に進展したわけじゃないし、いいかなって。
「あ、まずい。もう時間。行こ、優佳。」
私たちは急いで生物室に向かった。
「テストの返却も終わってもう授業進めることないし、
今日は最後の授業だから実験するぞー。」
実験の説明をひと通りし、
私たちは実験に取り掛かりはじめた。
今日の実験はホタルの発色物質を使ってホタルのように光らせるもの。
簡単に出来るため、みんなわちゃわちゃ楽しんでいる。
私も舞と一緒に光ったのを見て感動していた。
しかし楽しい時間というのはあっという間で
いつの間にか授業終了時間となっていた。
最後に、先生がクラスのみんなに話をする。
「1年間君たちと一緒に授業できて楽しかったです。
質問にくる生徒も多くて、本当にみんな意欲があるなと思っていました。
2年で生物取る人とは、来年も一緒に授業受けることができるのを楽しみにしてます。
生物取らない人も、廊下とかで会ったら声かけてくれたら嬉しいです。
1年間、授業受けてくれてありがとうございます。」
先生は深々とおじぎをした。
その後、起立礼をして授業は解散になった。
……あっと言う間だったなあ。
もう瀬名先生と同じ教室で授業を共にすることがないのは、やっぱり悲しい。
私は、女子生徒と話をする先生を片目でちらりと見ながら生物室を後にした。
今日は唯一4時間目に生物がある曜日だったので、
教室に戻ったあと舞と一緒に昼ごはんを食べた。
「優佳どうなの、瀬名先生のこと。」
「どうなのって?」
「いや、告白以来特に何もないし関わる機会もなくなっちゃったから、
このまま諦めるのかなとか。」
そっか……。
授業がないということは、関わる機会も減るのか。
「寂しいけれど、その……脈もないの分かっているから
このままでいいかなとは少し思ってる。」
「……まあ、優佳がそう思っているなら、それでもいいと思うよ。
……って、こんなしんみりさせてごめんね。春休みの予定の話でもしよ。」
「そうだね。」
深く聞かずにいてくれたのは、今はちょっと、というかかなり楽になったかもしれない。
「七景島の水族館が春にリニューアルするらしくて、
私行ってみたいんだけど優佳どうかな。」
私は舞のスマホの画面を覗き込む。
かなり大きなリニューアルらしく、とても楽しそうだ。
2人で水族館の話をしていると、
クラスの子がいきなり私たちのところへ来た。
「優佳ちゃん、瀬名先生が呼んでるよ。」
せっ瀬名先生!?
出入り口の方を見ると、
先生も私のことに気付いたのか何か本を持ちながら手を振っている。
はやる気持ちを抑えきれず、一目散に先生に向かう。
「片付けしてたら資料集の忘れ物見つけたから渡しにきた。」
「ありがとうございます。」
先生から資料集をもらう。
予想外の展開で、胸のドキドキが止まらない。
「ところで来年物理選択だってな。珍しい。」
用が終わってので帰るのかと思いきや、
先生から話しかけてくれた。
「はい。……あの、1年間お世話になりました。
年中生物準備室入って迷惑かけましたよね。」
「いや、新沼と話してて楽しかったよ。成績も優秀だったし。
本当、生物選択じゃないの勿体無いなってくらい。」
私と話してて楽しかったって、その一言を言ってくれるだけで本当に嬉しい。
「じゃ、俺戻るわ。
ごめんな、メシの邪魔して。」
「いえ。こちらこそわざわざ教室まで届けてくれてありがとうございます。」
渡された資料集を持ちながら席に戻ると、舞がなぜかニヤニヤしてた。
怪訝そうな目で舞のことを見ると、口を開いた。
「諦めたようには見えなかったけど。」
「いや、その…諦めたというよりは何もせず現状のままでいいかなってことだから、いいじゃん。喜ぶくらい。」
私は軽くふてくされながら答える。
「どっちつかずなのね。まあ無理に諦めなくていいと思うし、いいんじゃない。」
「そうだよね。」
いっそのこと嫌いになるまで片思いし続けてもいいんじゃないかと思いつつもある。
けれど、それはいくらなんでも辛すぎるから徐々に諦めようと決めた。