「ありがとう」
「はいよ」
再び沈黙が二人を包んだ。
「……」
「……」
「あのさ、野田」
最初に口火を切ったのは、山本の方だった。
「なに?」
「俺、やっぱお前の事好きだわ」
「……」
「今の彼氏とより戻しちゃって、戻れって言ったのは俺だけど。やっぱり俺はまだ、お前と一緒にいたい」
「……うん」
「野田は本当に今の彼氏が好きなのか?」
真剣な表情で尋ねられると言葉に詰まる。
山本に対する気持ちはわたる自身もよく分かっていなかった。
一緒にいると楽しいし、心が落ち着く。
別れた後は前の彼氏と別れた時よりも辛かった。
自分の気持ちがこんなに分からなくなったのは、生まれて初めてかもしれない。
「……わかんない」
長い沈黙の後、わたるは微妙な反応を山本に返す。
「わかった」
山本が素っ気なく言葉をわたるに投げつけられ、背筋が凍った。
ああ、今度こそ終わったなとわたるが思った時、わたるの唇に何かが触れた。
それが山本の唇だという事に気がついたのは、数秒経ってからだった。
ぶっきらぼうに塞がれた唇は荒々しく、時々当たる歯が痛い。
だが、嫌悪感はなかった。
むしろ安堵と共に愛おしさがわたるの中に芽生えてくる。
「……」
唇が解放された後、わたるは茫然とキスの下手さに落ち込む山本を眺め、彼の襟を引っ張り再び唇を重ねた。
「え、の……のだ?」
山本が困惑気味にわたるの顔を見ているのが分かり、急に恥ずかしくなってわたるは言った。
「か……帰る!」
荷物をまとめ、玄関へと走っていく。
しかし、山本の手によってそれは阻まれた。
「やり逃げすんなよ」
「やり逃げ言うな」
「俺、調子に乗るけど、乗ってもいいの?」
「……分かんない」
「彼氏と別れてくれるって思っていい?」
「……」
ここまでして別れないというのも酷な話だ。わたるはゆっくり頷く。
「もう一回、してもいい?」
「……」
もう一度頷くと、再び唇が重なった。
今度は荒々しくではなく、優しいキス。
頭を撫でられ、何度も角度を変えて口づけられる。
わたるは次第に顔が赤くなっていくのを感じた。
「野田の顔真っ赤」
「うるさい」
「レアだから、もう少し拝ませて」
「さようなら」
「嘘だよ、わたる」
「……あ」
呼び方が「わたる」と元に戻っている。
たったそれだけのことなのにも関わらず、わたるの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「何泣いてんだよ?」
「別に……目から汗が出ただけだよ」
「今時そんなこと言う奴初めて見た」
「うるさい」
「好きだよ」
「……うん」
山本の言葉に頷く。