「ところで、篠村。ガンダムは?」
景子が突然話を変える。
「え、ガンダム?」
真弓が瞳を輝かせ、佑香の方を見た。
「ほら、スーパーで気になってたのに、やめちゃった人」
「ああ、さっき帰っちゃった。ノダーマンは会ったよね」
「ああ、さっきの人」
大月と名乗っていた好青年の顔をわたるは思い出す。
何かあると思っていたが、やはりそういう雰囲気を持った関係だったのか。
あまり詳しく聞けないが、この個展を開催した理由にそれがあるのかもしれないと、わたるは思った。
「えー、何それ。野田だけ見たの?ずるい。もう一回呼びだしてよ」
「うちも見たかった。ってか何でガンダム?景子、くわしく」
「なんかガンダム好きだって言うから、うちがつけた」
和気藹々と言う友人達。
様々な経験を乗り越えてきた友人達だからこそ、気を使う部分は使った方がいいんじゃないかと思う事もある。
「失礼」
騒いでいる面々に、突然スーツを着た年配の男性客が声をかけて来た。
「あ、はい」
佑香が慌てて答える。
「この絵を描いたのは誰ですか?」
「私です!」
ギャラリー内が急に静かになった。
景子も真弓も他人のふりを装う。
分かりやすい態度にわたるは笑いそうになったが、一緒に知らぬ振りを始めた。
友人の絵が他人に興味を持たれている。
もしかしたらチャンスかもしれない。応援したかった。
「ダリのような表現方法にも見えるし、ピカソのような斬新さもある。だけど、それを消化して自分の物にしようとしているようにも見える」
黒い人間が現代の中を駆け抜けて行くように見えるとわたるが思った絵を指さし、男性は言う。
「ああ、影響はかなり受けちゃってます」
アハハと笑いながら、佑香は言った。
頑張れ。篠村。
「だけど、この表現は独自の物かな?」
「はい。これは最近面白いなって思ってる表現で」
「これをもっとメインに持ってくれば、君という人間がより表現出来たんじゃないかな」
「しようと思ったんですけど、どうしてもここはこういう表現を使いたくて」
「なるほど……」
「……」
「……」
沈黙が続く。緊張がギャラリー内に走った。
「……」
「君はいくつかな?」
「あ、二十一歳です」
「二十一歳か。大学三年生かい?」
「はい」
「……」
「……」
「君の成長を見込んで、一枚頂こうかな。この『現代人』って絵」
「え……?」
「ここは絵を売ってないのかい?」
「いや……えっと、あの、売れると思ってなくて。むしろ無料でも持って行って下さい」
動揺する佑香。
「お嬢さん。こういう場合はきちんと料金をつけて売りなさい。君の才能の価値を自分自身が卑下してはいけない」
「えっと……じゃあ、F50のキャンバスが七千円くらいで……絵具がえっと……一万五千円くらいで大丈夫ですか?」
「安すぎるな。一応このくらい出そう」
そう言って年配の男性は佑香に小切手を手渡した。
「ええ!こんなに頂けません」
「お嬢さん。表参道の方にあるギャラリーは一枚百万円で売っていましたよ。これでも安いくらいだ」
「えっと……じゃあ、ありがとうございます」
頭を下げる佑香。
「この個展はいつまで開催しているんですか?」
「えっと、来週までです」
「では、来週終了してからこの住所に送って下さい。この絵をみたいという方も沢山いるでしょうから」
名刺を渡され、佑香は受け取る。
「えっと、DM……あ、あのこれ一応渡しておきます。何か手違いがあったら怖いので私個人の連絡先も書いておきます」
「ありがとう。また来ますよ」
頭を下げて男性はギャラリーを去って行った。
姿が見えなくなった瞬間、真弓も景子もわたるも佑香に抱きつく。
「やったじゃん!篠村!」
「売れたよ!お前の絵!」
「ずっとハラハラしてたんだよね」
人の成功なのにも関わらず、自分の事のように嬉しい。
「なんか……変な感じ」
「篠村頑張ったから、ご褒美じゃね?」
「ガンダムに連絡しなよ」
「ちょっと、景子。ガンダム言うな。こんな感動的な時に」
「だって名前覚えてないもん」
「大月君でしょ?」
「そうそう。大月君!」
みんな興奮している。
柄にもなく抱き合って友人の成功を心から喜んでいた。
これが次の一歩へと繋がっていきますように。
難しい世界である事を何となく皆知っているからこそ、応援したいといった気持があった。